【国内篇】(刊行日順:2003年11月-04年10月)
 

牧野修『楽園の知恵』(早川書房) 牧野修『楽園の知恵』(早川書房)
 本書を通読すると、“電波系狂気”描写や“マゾヒスティックな残虐”描写だけではない、牧野修の別の面を知ることができる。自身に責任のない不運、強者に圧殺される弱者への詩的な共感は、これまで長編の一部で書かれてきたが、本書ではメインテーマに位置付けられる。詩的ホラーコレクションという意味で、本書は21世紀の『10月はたそがれの国』といえる…
森奈津子『からくりアンモラル』(早川書房) 森奈津子『からくりアンモラル』(早川書房)
 本書の大半は三人称で書かれている。とはいえ、各作品で目立つのは強烈な自己愛、自己憐憫だろう。ある場合は主人公の自分勝手な幼さの象徴であり、別の場合では逆境に生きるための知恵として肯定的に表現される。まったくプライベートな思いと、大人になりきらない少女の感情/ナルティシズム/性愛とが融合して、“失われた青春への悲哀”まで昇華されている点が貴重…
北野勇作『人面町四丁目』(角川書店) 北野勇作『人面町四丁目』(角川書店)
 北野勇作独特の世界と、その暗黒面が描き出されている。先に出た長編『ハグルマ』が電波系狂気の世界をやや踏み込んで描いていたのに対して、本書は従来の北野世界そのものが垣間見える。たとえば、 阪神間に実在する無数の風景と、『かめくん』以来書かれてきた北野世界が重なり合い、相乗効果による既視感が生まれている…
津原泰水『綺譚集』(集英社) 津原泰水『綺譚集』(集英社)
 それにしても、少女や同性愛者、少年期の思い出/自由連想などが、シームレスに死や虐待と結合する様は、ほかの作家の作品と大きく異なる特徴といえるだろう。何れもごく短いお話で、 これらのストーリーはホラーなのだろうが、練られた言葉のリズムによってか、スプラッタ的なグロテスクさは感じられない…
佐藤哲也『熱帯』(文藝春秋) 佐藤哲也『熱帯』(文藝春秋)
 熱帯のとある島が沈没し、その出身者の主人公は不明省と呼ばれる官庁の役人となる。折りしも東京は熱帯の温気に覆いつくされ、その熱気は奇妙な騒動を巻き起こしつつあった。あらゆる厄介な事物を不明事象として葬り去る不明省の、データベースシステム受注と開発を巡るシステムエンジニアチーム、伝統の復活と空調(エアコン)の破壊をたくらむ復古主義者たち、不明省の隠す“事象の地平”を探るCIAと元KGBのスパイ、そして新天地を目指す謎の水棲人たち…

【コメント】
 国内では優れた短編集が目立つ。牧野世界の全貌をうかがわせる『楽園の知恵』、森奈津子の繊細さが見える『からくりアンモラル』、ファンタジイ色の濃い『綺譚集』は津原泰水の重厚さを感じさせる。オムニバスで語られる『人面町四丁目』は幻想の関西だし、軽快に書かれた『熱帯』は幻想の東京だろう。その他では瀬名秀明編『ロボット・オペラ』が古今のロボットものを独自のセンスで集大成した労作。鈴木いづみ『ぜったい退屈』は自殺に至る70-80年代の作品だが、今にも通じる不思議な虚無感が注目に値する。


【海外篇】(刊行日順:2003年11月-04年10月)

オラフ・ステープルドン『最後にして最初の人類』(国書刊行会) オラフ・ステープルドン『最後にして最初の人類』(国書刊行会)
 「この本の目的は、ただの歴史でもなければ絵空事でもない。神話なのである…」。本書の人類というのは、厳密な意味での「人間」ではない。ちょうど我々が、遠い昔の原始哺乳類の子孫であるように、人類が激変で何度も何度も原始哺乳類並みに退化し、再度知性を得て「人類」となる過程が、20億年にわたって書き綴られているのである。章を経るごとに100倍に拡大される時間スケールの壮大さを含め、SF/ファンタジイ中唯一の奇跡的な創造物といえる作品だ…
ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』(早川書房) ケリー・リンク『スペシャリストの帽子』(早川書房)
 スタージョンなどの「奇妙な味の小説」とは違うし、ひたすらナンセンスを追求する「奇想小説」 でもない。全くありえないお話なのに、今そこにいる誰かのお話のようにも読める。まずは、主人公たちのしたたかな生き方に注目すべきだろう。そもそも現在なんて、ありえないことの方が当たり前、ファンタジイ/SF/ホラーの混交も当然、これこそ21世紀を生き抜く究極の私小説と言えなくもない…
ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)

ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)
 国書刊行会「未来の文学」シリーズの第1弾。この“未来”には、もちろん、30〜40年前の未来(すなわち現代)で初めて評価される文学という意味もあるだろう。まあ、山本弘の言うように、「文学なんてなんぼのもんじゃ」という主張もあるが、少なくとも過去に生み出されたSFの中から、そのような価値観で埋もれた作品の再発掘をする意義は十分ある…

スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会) スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会)
 評者が『ソラリスの陽のもとに』(ロシア語版からの翻訳)を読んだのは、もうかれこれ36年も前のことである。その時点で、すでにソラリスは伝説的な傑作と評されていた。2回の映画化のほうがむしろ知られているだろう。映画のテーマは明白で、タルコフスキーは原罪と罰の物語を作り、ソダバーグは失われた愛と甦りのロマンスを物語とした。そのどちらもが、作家レムの“主たる視点”とは異なるものであったことは間違いない。なぜなら、本書は知性のあり方すら異質な、未知の存在とのコンタクト(接触)の物語だからである…
グレッグ・イーガン『万物理論』(東京創元社) グレッグ・イーガン『万物理論』(東京創元社)
 主人公はビデオジャーナリスト。21世紀半ば、遺伝子情報は大企業が寡占している。さまざまな遺伝子操作の可能性は奇怪な事件や人物を生み出していた。そんな生命を弄ぶ取材に疲れた主人公は、物理学会で画期的な理論の発表がされることを知る。「万物理論」は宇宙創造を説明し、物理の根本を説明できるという。そこにはさまざまな反科学団体も押しかけ、神に成り代る科学の傲慢さを批判している。しかし、これは浮世離れした単なる「理論」研究であるはずだった…

【コメント】
 万人にはお勧めできない(たいていの人には通読不可能といわれる)が、類書中最大のスケールを誇る『最後にして最初の人類』をあえて入れた。新しい都会ファンタジイの『スペシャリストの帽子』、甦る70年代『ケルベロス第五の首』、あらためてその価値を認識できる『ソラリス』、イーガン得意の脳内物質/純粋理論テーマの頂点『万物理論』など、今年の特徴は“再確認”だったのかもしれない。その他では、貴重なSF史であるマイク・アシュリー『SF雑誌の歴史―パルプマガジンの饗宴』と、小谷真理『エイリアン・ベッドフェロウズ』がノンフィクションでの注目作。

【注】
 2004年のベストは、斯界の評価にあえて逆らった。たとえば、プリースト『奇術師』ウィリス『犬は勘定に入れません』飛浩隆『象られた力』などを除くという暴挙 。これらは、各作家のベストSFというにはバランスが悪かったからだ。それだけ選ぶべき作品が豊富にあった年だったともいえる。
 

 

Back to Home Back to Index