劉 慈欣『三体II 黒暗森林(上下)』早川書房

三体II 黒暗森林,2008(大森望、立原透耶、上原かおり、泊功訳)

装画:富安健一郎、装幀:早川書房デザイン室

 『三体』からおよそ1年ぶりに三部作の第2作目『黒暗森林』が出た。翻訳SF小説として異例の注目を浴び、一般読者にも広く受け入れられた『三体』だが、よりスケールアップした続編がどういう展開を見せるかが注目だ。

 人類に絶望した科学者のメッセージを受け、4光年彼方にある三体文明は地球への侵略艦隊派遣を決行する。到着はおよそ400年後と推定された。そこで人類は国連の上位に位置する惑星防衛理事会を設置、全地球で防衛を図ろうとするが、各国の利害の衝突から思惑通りの進捗は見られない。最大の障害は三体世界が送り込んできた智子(ソフォン)の存在だった。基礎科学の進歩が妨害され、400年を費やしてもテクノロジーのブレークスルーは望めないのだ。そこで、智子を欺く存在「面壁人」が選任される。

 智子は地球のあらゆる情報をスパイするが、心の中までは見通せない。面壁人はある種のトリックスターであり、誰もが考えつかない奇抜な発想で対抗策を実行しようとする。それに対して、三体文明の信奉者たちETOは破壁人(面壁人の企みを見破る者)で反撃する。この物語の主人公は4人目の面壁者だ。夢想家でおよそ何の取り得もない平凡な学者だが、なぜか絶大な権力を持つエリートメンバーに選ばれてしまう。

 物語では、現在と200年後の未来が描かれる。彼我の科学技術レベルの格差から絶望に転落した現在と、なぜか楽観的な雰囲気に支配された中間地点の未来が対比される。前作にも増して、本書の中にはさまざまな要素が詰め込まれている。《銀英伝》(本文中にも言及がある)を思わせる宇宙艦隊による会戦、まったく異質な文明とのファーストコンタクト、そして、フェルミのパラドクスに対する斬新で大胆な解釈が大ネタとなる。個々のアイデア自体は古典的であるが、ここまで予想不可能な展開とした作品は世界的にも類例がないだろう。

 原著が出版された2008年は、11月にオバマ大統領が当選し、9月にリーマンショックによる世界経済の混乱が起こった年だ。中国では北京オリンピックが開催され、その一方、四川大地震が起こるなど大事件が頻発した年でもある。GDPは現在の3分の1程度で、まだ日本と同じくらいだった。物語から明日への希望と現在の不安がないまぜとなった、時代の雰囲気を感じとることもできる。
(註:オバマ大統領が就任したのは2009年です)