久永実木彦『七十四秒の旋律と孤独』東京創元社

ブックデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
装画:最上さちこ
装幀:長﨑稜(next door design)

 第8回創元SF新人賞を受賞した標題作を含む連作集。著者初の単行本でもある。なお、久永実木彦はWebラジオのパーソナリティ(視聴するには会員登録が必要だが、東京創元社のyoutubeチャンネルでも聞ける)を務めていて、なかなか流暢な語りでしゃべっている。

 七十四秒の旋律と孤独(2017)宇宙空間に適合した朱鷺型人工知性マ・フは、その能力を使って宇宙船の警護に就いている。
 一万年の午後(2018)惑星Hで調査の任務に就く8体のマ・フたちは、環境への変更を一切加えず観測だけに徹していたが、あるきっかけにより干渉を余儀なくされる。
 口風琴(2019)失われていたはずのヒトが蘇った。ヒトは口風琴を使いふしぎな音楽を奏でる。マ・フたちはその指導に従い生き方を変えていこうとする。
 恵まれ号I・恵まれ号II(書下ろし)ヒトは次々と復活し村を築くまでになる。やがて、古い宇宙船の所有権を巡って、不穏な動きが見られるようになる。
 巡礼の終わりに(書下ろし)さらに長い歳月が経過し、ヒトたちは逆にマ・フを崇めるようになっている。そんな村にマ・フの助けが必要な事件が発生する。

 表題作のみが独立した短編で、主人公であるマ・フの登場編になっている。それ以外の5作品は、惑星Hを舞台とした《マ・フ クロニクル》という連作である。マ・フとは人型のロボットを指す。しかし、この物語はいまどきのAI:人工知能をテーマとしたものではない。それぞれが個性を持ち、ストイックながら人間的な感情を有しているからだ。AIのような万能感はなく、無垢な子どものような存在ともいえる。それでいて、1万年の繰り返し作業に耐える精神的な堅牢さがある。

 人間をご主人様と慕うけなげなロボットたちというと、トマス・M・ディッシュの『いさましいちびのトースター』(1980)を思い出す。本書はそこまで童話的なお話ではないが、マ・フが抱く失われた人類への郷愁には、リアルというより寓話的なアイロニーが感じられる。しかしヒトはご主人様にはならない。やがて、立場の変化がクロニクルの中で明らかになっていく。