古沢嘉通編によるケン・リュウの日本オリジナル短編集も、SFシリーズ版はこれで第4集目になる。2011年から19年までに書かれた全10編を収録している。これまでに比べ、かなりヘヴィーな作品が中核を占めているのが特徴だろう。
宇宙の春(2018)宇宙は真冬だった。すべての星が光を失い死につつある。だがその先には再生の春が待っている。
マクスウェルの悪魔(2012)日系アメリカ人だった主人公は優秀な物理学者だったが、家族を人質にとられスパイとして帝国日本に送り込まれる。
ブックセイヴァ(2019)あるウェブ・プラットフォームには、特別なプラグインが用意されている。それを使うと、読者が不快と思う文書が自動的に改変されるのだ。
思いと祈り(2019)銃撃事件で娘を亡くした母は、ある運動のために娘のデータを提供するのだが。
切り取り(2012)雲上の寺院に住む僧侶たちは、聖なる書物に書かれた文字を、一文字一文字切り取っていく。
充実した時間(2018)シリコンバレーのハイテク会社に就職した主人公は、家庭用のロボット開発で思わぬ困難に直面する。
灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹(2020)疫病発生後の未来、動物に変身するという超常能力を持つ3人娘の友情と活躍のはじまり。
メッセージ(2012)遠い昔に滅び去った文明が残した異形の遺跡を、在野の学者である男と別れた妻に育てられた少女が探索する。
古生代で老後を過ごしましょう(2011)危険な大型動物のいない古生代は、リタイア後の終の住まいに最適だった。
歴史を終わらせた男――ドキュメンタリー(2011)過去の情景をただ一度だけ再現できるタイムマシンは、その使用方法によりさまざまな波紋を広げる結果になる。
「宇宙の春」「切り取り」は詩的なイメージに溢れた短いお話、「ブックセイヴァ」「充実した時間」「古生代で老後を過ごしましょう」はちょっと皮肉を効かせたアイデアSF。「メッセージ」も同様だが、いまから何万年後かの地球に宇宙人が来たらこうなるのかも。親子関係が微妙に絡む展開はいかにも著者らしい。「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」は著者得意の中国古典からインスパイアされた作品(訳者が書いているように、ほとんど原型は分からない)。
本書でメインとなる作品は「マックスウェルの悪魔」「思いと祈り」「歴史を終わらせた男」だろう。「マックスウェルの悪魔」の主人公は、両親が沖縄出身の日系人である。この作品ではアメリカ移民に対する差別、日本では沖縄人であったことに対する差別が二重のものとして描かれる。「思いと祈り」は銃社会や日本でも同様の熾烈なネットによる中傷問題が扱われ、「歴史を終わらせた男」ではもし歴史の真実をタイムマシンが捉えたらという設定で、細菌戦に関わる日本軍部隊の残虐行為が掘り下げられている。主人たちは被害者に対する尊厳を訴えるのだが、政治的なメンツや浅はかな世論に押しつぶされようとする。情の作家ケン・リュウの、社会派的一面がうかがえる力作だ。