高野史緒『まぜるな危険』早川書房

装幀:早川書房デザイン室

 高野史緒の活動は長編が中心である。中短編も相当量書かれてきたはずなのだが、なかなか書籍にはまとまらなかった。本書は『ヴェネチアの恋人』(2013)に続く、8年ぶりの第2短編集である。帯にはロシア文学とSFのリミックスとあり、表題の「まぜる」もこのリミックスを意味している。本書は、ロシアに関係する著名な文学や歌などと、SFやミステリを「まぜた」作品を集めたものだ。第58回江戸川乱歩賞受賞作『カラマーゾフの妹』(2012)がドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の続編であったように、ロシアに対する造詣の深さが作品の特徴になっている。

 アントンと清姫(2010)ラトヴィアからの短期留学生が帰国する際に、日本の研究所に勤める叔父がつくばで時間改編の実験を行うことを知る。
 百万本の薔薇(2010)ソビエト時代の末頃、薔薇を栽培するグルジアの試験場に赴いた主人公は、関係者の不可解な死に疑問を抱く。
 小ねずみと童貞と復活した女(2015)屍者の使役が当たり前になったロシア帝政末期、スイスの研究所で知能を回復しつつある男は、取り仕切る教授の隠された意図を探るようになる。
 プシホロギーチェスキー・テスト(2019)赤貧の中で金が必要になった主人公は、高利貸しの女から奪い取ろうと考えるが、偶然立ち寄った古本屋で奇妙な冊子を見つける。
 桜の園のリディヤ(2021)列車を降りた主人公は、見知らぬ少女に導かれるまま、桜の木の広がる庭園の奥にある邸宅を訪問する。
 ドグラートフ・マグラノフスキー(書下ろし)記憶を失った主人公が精神病院で目覚める。どうやら重大な事件の真相を知る人間であるらしいが。

 それぞれのベースとなるのは以下の作品/事物である。歌舞伎で有名な「安珍と清姫」(いわゆる娘道成寺)+クレムリンにある巨大な割れ鐘「鐘の皇帝」、ソビエト時代の世界的ヒットソング「百万本の薔薇」、ドストエフスキー『白痴』+ベリヤーエフ『ドウエル教授の首』+伊藤計劃『屍者の帝国』+キイス「アルジャーノンに花束を」+他多数、ドストエフスキー『罪と罰』+江戸川乱歩「心理試験」、チェーホフ『桜の園』+佐々木淳子「リディアの住む時に…」、夢野久作『ドグラ・マグラ』+ドフトエフスキー『悪霊』。各作ごとに著者による解題と参考とした作品が列記されているから、詳細はそちらを読めば分かりやすい。

 著者の推しなのか、ドストエフスキー色を強く感じるが「百万本の薔薇」のようなワンアイデアのものから、「小ねずみと童貞と復活した女」のように過剰にまざりあったものまで、ロシア・ソビエトネタといってもさまざまである。ロシア文学は過去から連綿とした人気があってファンも一定数いる。しかし、SFファンとはほとんど重ならないと思われる。そういうニッチなリミックスがどの程度受け入れられるかだが、本書は原典が未読でも楽しめるように配慮されていて読みやすい。ただし、逆のケースでSF/ミステリの元ネタを知らないと、どこが面白いのか、その意味が分からないかもしれない。