宝樹『時間の王 宝树短篇作品合集』早川書房

时间之王,2021(稲村文吾、阿井幸作訳)

装画:Shan Jiang
装幀:早川書房デザイン室

 宝樹(バオシュー)は1980年生まれの中国作家。デビューは2010年だが、『三体』の2次創作『三体X』(2011)が劉慈欣にも認められ、公式に出版されてから有名になった。本書は、著者が得意とする時間もの7編を収めた中短編集である。本国でもこのテーマではまとまっていないようなので、日本の読者はいち早く作品集として読めるわけだ。

 穴居するものたち(2012)恐竜時代の哺乳類から有史以前、古代、現代、未来と長大な時間で生きた人々のオムニバスドラマ。
 三国献麺記(2015)時間旅行会社の担当者が、零細から大手にのし上がった魚介麺チェーンの幹部から、三国志時代に干渉するという無理難題を要求される。
 成都往事(2018)成都が広都と呼ばれていた古代、主人公は朱利と称する神女と出会う。女は神の言葉しか話せなかったが、やがて有益な託宣を授けるようになる。
 最初のタイムトラベラー(2012)世界初のタイムマシン実験に志願したタイムトラベラーの運命は。
 九百九十九本のばら(2012)大学でも評判の美女の歓心を買うために、友人の貧乏学生はありえない理論を唱えて999本の薔薇を入手しようとする。
 時間の王(2015)人生の中に存在したさまざまな事件、事象をランダムに彷徨う主人公には一つの目的があった。
 暗黒へ(2015)銀河中心に位置する巨大ブラックホールの外縁、事象の地平線を越えようとする際(きわ)に、人類最後の宇宙船が漂っていた。

 時間もの(タイムトラベルやタイムループ)はもはやカジュアルなテーマになっていて、映画やアニメはもちろん、ミステリ、純文学やラノベでもふつうに登場する。しかし、そこで生じるはずのパラドクスなど理屈を突き詰める作品はあまり見られない。あたりまえになった反動で、扱いが説明不要の小道具へと矮小化しているからだ。本書は、その点とても丁寧に作られている。たとえば「三国献麺記」は三国志とラーメンとを結びつけたコメディだが、時間旅行の制約事項や矛盾点を綿密に設定し、最後のオチもその延長線上に置かれている。

 著者は幼い頃に小松左京のジュヴナイル『宇宙漂流』(原著1970/翻訳1989)を読み、大人になって以降、光瀬龍、広瀬正、小林泰三らの時間ものに影響を受けたという。そういう感性の類似性があるためか、梶尾真治の《クロノス・ジョウンター》や《エマノン》を思わせる情感に溢れた作品も本書には含まれる。「穴居するものたち」「暗黒へ」の、膨大な時間スケールを描く手法は小松左京的でもある。一方、コメディ要素の濃い「九百九十九本のばら」などは、ハードな森見登美彦という雰囲気でとても親しみやすい。