藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』新潮社

装画:Minoru
装幀:新潮社装幀室

 日本ファンタジーノベル大賞2021大賞受賞作品。著者の藍銅ツバメ(らんどうつばめ)は、1995年生まれのゲンロンSF創作講座第4期生(2019)で、同講座の優秀賞を受賞している。本書は異類婚姻譚である。人ならぬもの(動物や非生物)と人とが結ばれる物語で、ファンタジイでは普遍的なテーマだろう(夫婦の関係をこれになぞらえた小説まである)。

 主人公は大店の長男なのだが、商売に向かず店を弟に譲って若隠居している。父親の住んでいた隠居先の庭には池があり、上半身が女の人魚が棲んでいた。主人公は人魚=鯉姫にせがまれるままに、人と人ではないものとの出会いや別れという5つのお話を次々と語っていく。

 5つのお話は、入れ子構造で物語中の物語となっている。『アラビアン・ナイト』のような、いわゆる枠物語(フレーム・ストーリー)である。大猿の嫁となった勝ち気な妹の話「猿婿」、人魚の肉を食べ長寿となった女房の話「八百比丘尼」、つららから変異した女を嫁にもらった男の話「つらら女」、朴訥な農夫のもとに蛇の化身が現われ嫁になる話「蛇女房」、真っ白な農耕馬に惚れ込んだ娘の話「馬婿」。どれも単純なハッピーエンドにはならない。それが、若旦那と人魚のふんわりした人情譚という、表層的な読みの裏をかくのである。

 各委員とも、本書が自然なファンタジイであること、この形式であることが物語を際立たせていることを賞賛する。宮部みゆき「お話の長さも正しいし、着地もこれしかないという結末で、日本ファン タジーノベル大賞の考えるファンタジーノベルにふさわしい、と思った」、森見登美彦「ファンタジーであることの強みを生かしているという点では最終候補作の中で一番であり、 若旦那と人魚をめぐる枠物語の締めくくりは「異類婚姻の成就」として文句のつけようのないものだ」、ヤマザキマリ「イソップのような古代の寓話や日本昔ばなしは人間にとって日々の教訓が含まれたシュールなメタファーだが、だからなのか自分の想像世界に対する作者の思い入れの気配を感じずに読むことができたのが心地良かった」。

 本書は賞の発表から半年以上をかけて、十分に改稿されたものだろう。主人公の弟と人魚の関係など、まだ判然としないところもあるものの、物語的な齟齬はほとんど感じない。ビターだけどハッピーという独特の終わり方にも納得。