キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』早川書房

지구 끝의 온실,2021(カン・バンファ訳)

装画:カシワイ
装幀:早川書房デザイン室

 キム・チョヨプの初長編である。最初の短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』は、2年前に翻訳されている。本書は、ちょうどコロナによるパンデミックのさなか、ロックダウンされたソウルの作家用レジデンス(小説家のためのアーティスト・イン・レジデンス)で書かれたものという。

 既存秩序を崩壊させたダストの災禍が収束して半世紀が過ぎた。22世紀、主人公はダスト生態研究センターに勤める研究者だった。そこでは、生物絶滅を招いたダストの研究と、災禍で失われた花卉や作物の復活などを試みている。そんな中、廃墟となっている地域で、ツル植物モスバナの異常繁茂が問題となる。災禍直後に発生したモスバナには、主人公の子供時代を呼び覚ます思い出があった。

 どこからともなく世界に広がったダストは、動植物を問わず大半の生き物にとっては毒物だった。一部の選ばれた者だけがドームに逃れる。一方ダスト耐性を持つ人々は、ドーム外で限られた資源を奪い合って放浪する。独自のコロニーで生活する小集団もいた。やがてダストを分解するディスアセンブラが開発される。しかし、ダストの減少には隠れていた大きな秘密があった。

 物語では、ダストが蔓延する混迷期と、混乱後60年を経た復興期という2つの時代が描かれる。さまざまな登場人物たちが出てくる。復興期の主人公と研究所の先輩たち、混迷期のマレーシアにあったコロニーに住む姉妹、同じく閉ざされた温室で研究に没頭するサイボーグ学者とロボット整備の技術者。それぞれの関係は物語の展開につれ、しだいに明らかになっていく。世界を救ったのは国家でもなく、名のある科学者でもない。主人公は、苦難を経た先人たち(その何れもが女性であるのは、ジェンダー的な課題を暗喩する)の生き方に思いをはせるのだ。