ケヴィン・ブロックマイヤー『いろいろな幽霊』東京創元社

The Ghost Variations: One Hundred Stories,2020(市田泉訳)

装丁:岩郷重力+W.I
イラスト:Kelly Blair

 ケヴィン・ブロックマイヤーの掌編集。著者の作品ついては、2012年に翻訳された『第七階層からの眺め』以来12年ぶり(正確には11年半)となる。アメリカでも10年ほど新著が出ていなかったので、紹介が遅れたせいばかりではない。過去にスリップストリームとかスプロール・フィクションとされた作風は、今日のSF・純文小説ではむしろ主流になってきた。本書は全部で11の章に分かれていて、それぞれに6~13編の掌編(2ページ前後で多少ばらつきあり)計100編が収められている。

 幽霊と記憶(6つの掌編)法律事務所に捉えられた幽霊、進路指導カウンセラーが見た幽霊、夢の中こそ現実と思う男、請願書に署名を求められた男、周りの誰からも助けてもらえる女、人生のあらゆる昨日を再訪する男。
 幽霊と運命(7つの掌編)ヒッチハイカーはみんな死神、願い事を待つ精霊、幽霊出没ゲームの遊び方、運命のバランスが完全にとれている男、方向音痴の幽霊は道に迷う、幽霊が取り憑く生者が減り死者が増えすぎる、突如ステージに案内された女。
 幽霊と自然(10の掌編)ゾウたちに録音の声を聞かせる、白馬の行方を相談されたペット霊媒師、人は二種類の動物からできている、ミツバチのようでミツバチでないもの、木を風景を損なう邪魔ものと考える男、家が木々の幽霊に満ちていると考えた男、幽霊の雨が降り幽霊の実がなる、人生のリズムと芝刈り機のリズム、大統領令により各家庭に砂場が供給される、岩の上で争い合う二人の部長。
 幽霊と時間(8つの掌編)左右の虹彩の色が違う少年、温和な中年男が来世から請求書を受け取る、特定の1分間が死亡する、2方向に向かって年をとる男、時計でいっぱいの国に住む幽霊、生まれる何世紀も前に幽霊になる、夏のあとに秋が来てまた夏が来る、少女が好むのはややこしくないタイムトラベル。
 幽霊と思弁(9つの掌編)動き続けるファンタズムと動かない仇敵スタチュー、巨人で幽霊で魔術師でもある一人の男、宇宙船が到着したとき地球には幽霊しかいない、転送された人は新たな魂を得るのか、宇宙崩壊後には宇宙の幽霊たちだけがいる、宇宙論プリズムは思わぬ発明につながる、男/女らしさを発現する装置、混雑緩和のため新たな来世が建造される、第115連隊の兵士たちは弾丸がスローモーションで飛ぶところを見る。
 幽霊と視覚(9つの掌編)名をなした監督は「見られない」映画を撮る、すべての人が同じ顔に見える、美術愛好家が色覚異常補正眼鏡を入手する、たいていの2歳児とは違う意味で扱いにくい子供、赤の他人の写真を壁紙にする男がいた、村の掟では人影以外の影に入ってはいけなかった、幽霊になりたい少年、男は死ぬとき青をいっしょに連れていくと言う、死後の世界はほぼ空っぽに近かった。
 幽霊とその他の感覚(10の掌編)手で触れずにはいられない像を制作する彫刻家、二流の才人を目指したウィーンの作曲家、世界から歌が尽きてしまった、幽霊はふだん音を立てない、彼が亡くなりやがて匂いも死ぬ、家はいつもより豊かな気がする、紳士は物質的半身と精神的半身からなる、幽霊が幼児の体に閉じ込められる、歯に食べかすが挟まっている幽霊、5人の無関心が住んでいる。
 幽霊と信仰(7つの掌編)死の国は南西に位置する、理論的聖書研究センターの異常派と尋常派、不動産屋が語る教会の様子、このおれはとりわけ運が悪い、幽霊ではないと露見し来世から追放された男、最後の審判が起こったあと、ため込みすぎた罪人の魂を少額硬貨として浪費する悪魔。
 幽霊と愛と友情(13の掌編)少年の体から幽霊が逃げ出す、男はようやく自分が幽霊になったと認めた、独身男は射精したものが幽霊になっていると気づく、朝夕2時間鏡を見つめる女、中年夫婦の気まぐれの奥底にある回転式改札口、恋する男女の思いは懲罰か慰めか、関係が終わったとき友人たちは間一髪で良かったという、ガールフレンドの死を知った男は約束を思い出す、男を忘れようと別の男を探す女、女の夫は優しく魅力的だが心を持っていない、次々結婚する男は誰とも長続きしなかった、死後の世界は学校とそっくりだった、あるとき「あなたの靴が好き」というメッセージが現れる。
 幽霊と家族(11の掌編)男の住む国は幽霊でいっぱいだった、宇宙秩序の混乱で赤ん坊ではなく幽霊が生まれるようになる、その遊びは「見えない、さわれない」というものだった、臆病な少年は勇敢な少年の幽霊兄弟なのだ、人間は生み出す努力をしないと魂を持てない、自分が死んだのに家族は気がつかない、母親から能力を引き継いだ霊能者がいた、男はできるだけ父親と違う人間になろうとする、信仰心の乏しい若者が祈りを捧げる、他人の死を願った男が先に死ぬ、鰐にかまれて死んだ男の幽霊は二つに分かれる。
 幽霊と言葉と数(10の掌編)おしゃべりをする3羽のインコを飼う男、あらゆることが婉曲表現となる村、幽霊が出没する中華料理店、アルファベット27番目の文字が見つかる、既視感を表現する言語とは、会話ができないと悟った騒霊の得たチャンス、隣通しの少年と少女は糸電話で友達となる、揺りかごから数のカウントを聞いてきた少年、神は空想上の存在と現実の存在とのバランスに悩む、かつて書かれた中でもっとも恐ろしい幽霊譚。

 本書の巻末にはテーマ(「幽霊と動物」「幽霊と植物」などなど)ごとの索引が掲げられており、そこに含まれる掌編が列記されている。キーワードは50あるので、そういう順序で読み直すこともできる。さらに全作品の解題(のようなもの)まであって、内容をいくつかの短い単語で要約している(といっても詳細はわからない)。実用的というより、これも作品の一部なのである。

 本書の掌編では、怪談や怪奇現象だけが語られるわけではない。トラディショナルな幽霊譚もあれば、人間/魂と一体化した分身の物語もあったりする。人間の中に潜む欲望とか感情は、理性に対する本能=霊魂に属するともいえる。人だけでなく動植物が魂の乗り物/空き部屋だとすれば、さまざまな生と死の物語も幽霊譚になるだろう。少年少女たちの夢や成長の物語、ちょっとおしゃれな都市伝説風や哲学的なお話もある。それぞれクセのある物語の中には、スペキュラティブなSFもあって多様に楽しめる。