編者の嵯峨景子は日本SF作家クラブの会員ではないが、少女小説についての著作を複数持つ専門家だ。編者は少女小説を「少女を主たる読者層と想定して執筆された小説」と定義する。明治期の家庭小説や吉屋信子に遡る歴史があるが、本書は「少女小説の書き手によるSFへの貢献」というコンセプトを掲げ、(クラブ員とは限らない)実績豊富な作家を集めたオリジナル(書下し)・アンソロジイである。
新井素子「この日、あたしは」ある日、あたしは枕型の幼児対応AIと再会する。そこから現在のパーソナルAIとあたしは倫理規定の変化について会話する。
皆川ゆか「ぼくの好きな貌」双子の妹が死んだあと姉の体に異変が生じる。対照的な生き方をしてきた妹の顔が、人面瘡のように表れるのだ。
ひかわ玲子「わたしと「わたし」」わたしは人とは違っていた。すべての子どもは二人一組なのに、自分だけが一人なのだ。それでは十歳の儀式を迎えられないという。
若木未生「ロストグリーン」ドーム都市に住む、引きこもりの少年作曲家と編曲家。新曲すべてがヒットするコンビに鎮魂歌の依頼が来る。
津守時生「守護するもの」家族皆殺しの中を生き残った主人公は、今では相棒と共に凶悪な宇宙犯罪者を狩る賞金稼ぎになった。
榎木洋子「あなたのお家はどこ?」植民星で学校生活を送る少女は、親との約束を守らなかったことを咎められ、ささやかな家出を試みる。
雪乃紗衣「一つ星」発光する奇妙な首輪を嵌められた少女は、出会った少年と共に氷が溶けない北を目指して旅を続ける。
紅玉いづき「とりかえばやのかぐや姫」竹から生まれた美しい男は、無理難題を並べて求婚者を退ける。かぐや女帝は、その男に惹かれるようになる。
辻村七子「或る恋人達の話」18世紀、蒸気革命が成ったフランス。恋人同士だった二人は、次々変わる法令の隙間を縫って性別を取り換えていく。
各作品に著者紹介と解説が入り、さらに編者による概説「少女小説とSFの交点」、巻末には著者コメントもあるなど、一般読者へのサポートが充実している。作家も、始祖新井素子らベテランから中堅作家まで、およそ40年の幅で網羅されている。
デビュー年~主な舞台(ラノベは対象読者層を細分化しているので、文庫のレーベル名=作品の傾向を表す)を記していくと、新井素子(1978年~集英社コバルト文庫)、皆川ゆか(87年~講談社X文庫ティーンズハート)、ひかわ玲子(88年~X文庫ホワイトハート)、若木未生(89年~コバルト文庫)、津守時生(90年~新書館ウィングス文庫)、榎木洋子(91年~コバルト文庫)、雪乃紗衣(2003年~角川ビーンズ文庫)、紅玉いづき(07年~メディアワークス電撃文庫)、辻村七子(14年~集英社オレンジ文庫)となる。
スタイルは旧来型だがメッセージ性を高めた新井素子、姉妹や双子など女性ペアの苦悩を描く皆川ゆかとひかわ玲子、若木未生と津守時生も変格的なペアのお話だろう。榎木洋子と雪乃紗衣はオチがついた少女の冒険もの、紅玉いづきは逆転した竹取物語、辻村七子はスチームパンク薔薇/百合小説といえる。最後まで至ると「一般読者が読む小説」に近くなる。レーベルの規範をはみ出す変格的な作家が増えるためなのだろう。
デビュー順の編年体で編まれており、評者も若木未生まではある程度知っていた。ただ、以降の世代は一部(辻村七子のデビュー作はSF界からも注目された)を除いてあまり読んでいない。これだけ広がったラノベの一部とはいえ、何を読むべきか目安が得られるアンソロジイは有用である。
- 『AIとSF』評者のレビュー