日本SF作家クラブ編『AIとSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブは作家以外にも門戸を開いているが、会長に博士号を持つ科学者が就任するケースは稀だった。第16代会長だった瀬名秀明も、作家としての実績を見込まれてのことだろう。その点では、第21代大澤博隆会長は人工知能を専門とする現役の科学者なので、テーマ「AIとSF」との親和性も良い。本書は5月に出たアンソロジイ第3弾目、全22編の書下ろし短編を収める。

 さて作品を紹介する前に、下記のリストをご覧いただきたい。既にAIは現場の実用ツールなので、使う人はこう考えておくべき、というAIリアリストの7か条である。
1.わからないのは当然、まずは基本を押さえよう
 (AI業界にはさまざまな派閥があり、専門用語を使って分かりにくい説明をする)
2.どのAIについて話しているかを見極めよう
 (いろんなレベルのAIがある)
3.将来どうなるか憂うのではなく、今どう使えるのかを考えよう
 (人類が滅びる!とか恐れるのはそのあと)
4.AIで何がしたいのか(期待値)を分かって使うこと
 (訳も分からず、やみくもに使うと嘘をつかれても気が付かない)
5.擬人化しない
 (どんなに人に似ているように思えても、相手は人間ではない)
6.政治的なものだと思っておく
 (今のAIの動向には政治的な動きが大きくかかわっている)
7.怖がるな
 (どんなに万能に思えても、所詮コード/プログラムなのだ)
 とはいえ、SF作家はリアリストばかりではないだろう。リアルをどう凌駕できたのか、という観点で読んでみた。

 長谷敏司「準備がいつまで経っても終わらない件」万博開催前に時代遅れとなったAI展示に、起死回生の逆転が図れるか。高山羽根子「没友」やりとりがAIアシスタントで代行され、旅がVRになったとき、連れ立つ友の意味とは。柞刈湯葉「Forget me, bot」V-Tuberに関するニセ情報を消し去る「AI忘れさせ屋」の正体。揚羽はな「形態学としての病理診断の終わり」診断AIの能力向上で、仕事を追われる病理診断医の葛藤。荻野目悠樹「シンジツ」AIによる犯罪データベースの調査により、死刑犯が冤罪であると指摘されたとき。人間六度「AIになったさやか」亡き恋人はAIによる声となってよみがえり、主人公の行動を左右する。品田 遊「ゴッド・ブレス・ユー」妻の死後に引きこもっていた男は、AIパートナーの妻を作り出す。粕谷知世「愛の人」少年の保護司をしている主人公は、メタバースの中でお婆さんの姿をしたAIと出会う。高野史緒「秘密」富豪の老婦人は、わけもなく次々とVRコンパニオンを変えていく。その理由を探るハッカーが知ったのは。福田和代「預言者の微笑」画期的なAIモデルが人類の終末を予言したため、抗議する群衆に追われることになる。安野貴博「シークレット・プロンプト」ニューラルネットワーク《ザ・モデル》により平穏が保たれた国で、なぜか中学生だけの誘拐事件が続発する。津久井五月「友愛決定境界」インプラントで能力を高めた警備会社の隊員は、移民地区の犯罪摘発時に敵味方決定境界の乱れを知覚する。斧田小夜「オルフェウスの子どもたち」自己再建システムの暴走による下町癌化災害から30年が経った。その人工知能を巡り投企派と破滅派が対立する。野﨑まど「智慧練糸」平安末期、最高権力者の後白河院から仏像千体製作の命を受けた仏師は、宋より入手した立方体に生成の呪文を唱える。麦原 遼「表情は人の為ならず」表情を読むことも表すことも困難な主人公は、それを補助してくれる「伴」のアドバイスに従っている。松崎有理「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」ついにシンギュラリティを迎えようとする近未来、世界一周をする謎の男の目的とは。菅 浩江「覚悟の一句」人間の心を知ろうとするAIと、それに対する人間の反応についての対話が続く。竹田人造「月下組討仏師」月が消えた世界で、仏像型兵器を互いに備えた二人の仏師の戦いが続く。十三不塔「チェインギャング」遠い未来、意識を持たない人間を使役するのは意識を持った道具、咒物なのだった。野尻抱介「セルたんクライシス」AIセルたんは人類を指導するようになった。その方がより良い結果になるからだ。飛 浩隆「作麼生の鑿」〈有害言説〉の嵐が吹き荒れ、世界が危機に陥った。仏師AIχ慶は、樹齢千年弱を経た榧の木から仏を掘り出そうとして10年沈黙する。円城 塔「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie」さまざまなマシンとゴーレムを使役する魔術師は、次に魂を利用するゴースト・マシンを提案して顰蹙を買う。

 22編の中で、AIモノ造りの立場で描かれた作品といえるのは「準備がいつまで経っても終わらない件」ぐらいしかない。シンギュラリティも議論の埒外なのか「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」くらい(それもストレートではない)。擬人化では「AIになったさやか」「ゴッド・ブレス・ユー」が典型的なアイデアであり、また「没友」や「覚悟の一句」はAIを借りて人間性を考察する作品になっている。

 もっとも多いのは、いまリアルな社会問題(あるいはそのデフォルメ)を描く作品である。「Forget me, bot」「形態学としての病理診断の終わり」「シンジツ」「愛の人」「秘密」「預言者の微笑」「シークレット・プロンプト」が含まれる。AIによる支配、失業、大衆の恐怖やパニックなど、これらは既に起こっているか、明日起こってもおかしくない事例である。別のテーマを強調するため、道具としてのAIに振った「友愛決定境界」「オルフェウスの子どもたち」「表情は人の為ならず」などもある。

 AIと相性がいいのか「智慧練糸」「月下組討仏師」「作麼生の鑿」では過去(仮想)/未来の仏師が登場する。『竜を駆る種族』(竜が人間を使役する)のような「チェインギャング」、珍しいAIユートピアSF(SF作家の書くAIものはたいていディストピア)の「セルたんクライシス」、『屍者の帝国』のAI版「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie」は、別解釈を加えたAI変格ものの代表になる。

 SF作家の想像力が、生成AIブームのインパクトを超えたかどうかは微妙だが(読み手による)、まえがきと解説に専門家の視点を挟むなど「あの2023年に書かれたAIについてのSF」として、歴史的な意義は十分あるだろう。