日本SF作家クラブ編『2084年のSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブ編のアンソロジイ。昨年出た『ポストコロナのSF』の姉妹編で、前回からの作家の重複はない。冒頭の福田和代や話題の逢坂冬馬ら、作家クラブ外のメンバーを含む全部で23編を収録する。

【仮想】
 福田和代「タイスケヒトリソラノナカ」行方不明になったVR依存症の入院患者を老刑事が追う。青木和「Alisa」生活と不可分なAIアシスタント網が、頻繁に不具合を起こすようになった。三方行成「自分の墓で泣いてください」延々と葬儀の続く「仮葬空間」にはバンシーやニンジャ、そしてゾンビたちがいる。
【社会】
 逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」疲労を自動回復するシステムが一般化し、人生の3分の1を占める睡眠がなくても働き続けられる超高度生産社会が到来した。久永実木彦「男性撤廃」生殖に男性は不要となり女性だけの社会となったが、冷凍保存された男性を解凍するか抹殺かの議論が白熱する。空木春宵「R_R_」ヒトの心身への悪影響を理由にビート(拍動)が禁止された社会で、主人公はある日リズムをきざむ少女と出会う。
【認知】
 門田充宏「情動の棺」情動コントロールが常識となると、人はたとえ目の前で流血の惨事が起こっても動揺しなくなる。麦原遼「カーテン」脳神経の深刻な損傷事故を受けた被害者のうち、多くは冷凍睡眠による治療により回復したが、数学的な直感を失ってしまったものもいた。竹田人造「見守りカメラ is watching you」老人ホームに閉じ込められた92歳の老人は何度も脱走を図り、そのたびにドローンやロボットたちに阻止される。安野貴博「フリーフォール」思考加速技術は究極まで高められ、一般的なものなら10倍、最大で10の8乗倍に達していた。
【環境】

 櫻木みわ「春、マザーレイクで」むかし琵琶湖と呼ばれた湖の中にある孤島に、外を知らない数千人の人々が暮らしていた。揚羽はな「The Plastic World」プラスチック汚染の切り札と考えられた分解菌は、あらゆるプラスチックを食べて社会を崩壊させる。池澤春菜「祖母の揺籠」太洋で30万人もの子供を育てるクラゲ状の祖母は、こうなるに至った過去の出来事を回想する。
【記憶】
 粕谷知世「黄金のさくらんぼ」列車待ちで何気なく入った博物館で、そこに展示されているサクランボのような小さな装置の説明を受ける。十三不塔「至聖所」若くして亡くなったスターの脳スキャンデータから、記憶の断片を復元する修復家が知ったこと。坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」サーカスがトレーラトラックで来たと思い込んだ兄弟二人が、郊外のテントの中で見たものとは。斜線堂有紀「BTTF葬送」1980年代の映画の上映会に集う人々は、これが最後の公開になると分かっている。
【宇宙】

 高野史緒「未来への言葉」月から地球への特急便を引き受けた運び屋は、その荷物を急ぐ意味に気がつく。吉田親司「上弦の中獄」中国が世界を支配し、月にも富裕層の楽園が設けられたパラレルワールドの未来。人間六度「星の恋バナ」超巨大怪獣と戦う全長26キロの巨大ロボット、操るパイロットは女子高生だった。
【火星】
 草野原々「かえるのからだのかたち」人間による開発が失敗した火星植民都市は、かえるの細胞を使った人工生物によって自動建設される。春暮康一「混沌を搔き回す」金星派と火星派が対立したテラフォーミング優先権争いは、火星の開発開始で決着がついたと思われたが。倉田タカシ「火星のザッカーバーグ」火星を含むいくつかのフレーズからはじまる掌編小説の集合体。

 3-4編ごとに【仮想】~【火星】と、内容による小テーマが付けられている。あらかじめ決まっていたのかどうかは分からないが、読みやすくするため類似作品をまとめたのだろう。オーウェルの『1984年』があって百年後の『2084年』なのだから、政治的ディストピアがテーマになりそうなものなのに、そういう作品はほとんどない。

 まえがきにある「小説は事実よりずっと奇なり」という意味では、仮葬空間という奇妙な設定の三方行成、ボウイの引用と特異なルビが際立つ空木春宵、新たな「おじいちゃん」なのかと思わせる池澤春菜、なぜカエルなのかよく分からない草野原々、あたりが合致する作品だろう。

 630ページあっても、23人で分けるとどうしても枚数制限が出てくる。そのレギュレーションのためか、中編以上を得意とする作家は、ちょっと窮屈そうな印象がある。

 帯に「62年後のあなたは、この世界のどこかに生きている」とある。この場合のあなたの年齢はせいぜい40代前半ぐらいまで。自分など該当しないと思ったが、デジタル化して生きている可能性もなくはない(SFではもはや常識)。世の中何が起こるか分からないのである。