江波光則『ソリッドステート・オーバーライド』小学館

illustration:D.Y

 小学館ガガガ文庫を中心に活動する江波光則の新作。過去にはハヤカワ文庫JAでSF(『我もまたアルカディアにあり』『屈折する星屑』)を書いてきたが、本書はホームグラウンドに準拠したSFといえる。ここで「ソリッドステート・オーバーライド」とはどういう意味なのか。半導体(LSIなど)のハッキングを連想するテクニカルターム風ながら、本書では「ロボット革命」のルビにそう振られている。つまりロボットが革命的に変化する物語なのである。

 200年間戦争が続いている。兵士はすべてロボットになっていて、3700キロに及ぶ戦線は膠着状態のまま一進一退が続く。そこを2台の衛生兵ロボットがチャンネル放送を続けながら移動していた。ある日2台は、戦場に倒れる1人の少女を発見する。体の一部を機械化しているが紛れもなく人間だった。折しも、合衆国大統領が戦争を勝利で終わらせようと動くことから事態は急転回を始める。

 作品の冒頭に、ロボット二原則(人にならねばならない/人になってはいけない)+原則修正条項(何も見てはいけない)が掲げられている。謎めいた原則だが、アシモフへの挑戦なのか最初のロボット(ソリッドステート)はアイザックと呼ばれる。舞台は少なくとも300年以上の未来、国名には〈合衆国〉とか〈首長国連邦〉が出てくる。それが現在の米国なのか、前線がメキシコ国境のことなのかは分からない。

 オーバーライドは「革命」だけでなく「上書き」(ふつうはオーバーライト)のルビにも使われる。ロボットの思考(古いものを新しいものと置き換えていく)は、上書きと表現され本書中に頻出する。自分で自分を書き換えるのだから(本来の)ノイマンマシンを意味するのかもしれない。このロボットは人工知能(AI)をベースにしていない。思考金属(シンク・メタル)で造られたものと説明される。思考することでエネルギーが発生する不可知の金属だ。動作原理は不明、少なくとも物理的な理論などは明示されない。

 凸凹ロボットコンビのマシューとガルシア、サイボーグ少女マリアベル、意味ありげな(しかし意味不明な)言葉を残す発明者スレイマン博士、ひたすら思考を重ねる第1世代のロボット、知性を感じさせない大統領ファッティー・ケト(アメフトならぬラグビーのヒーローだった)などなど、ラノベ的なキャラが登場しバトルも楽しめる。また、SFはリアルさを担保するためのハードな理屈(例えばロボットに知能を与えるポジトロン頭脳)を必要とするが、本書では代わりにソフトなオーパーツ(偶然誕生したシンク・メタル)を中核に据える。ソフトとはいえ、不可知なものが哲学的な問いかけを繰り返すところがミソだろう。