P・ジェリ・クラーク『精霊を統べる者』東京創元社

A Master of DJNN,2021(鍛冶靖子訳)

装画:緒賀岳志
装幀:岩郷重力+W.I

 著者は1971年生まれの米国作家、歴史学者。自身は生粋のアメリカ人だが、両親はトリニダード・トバゴ(カリブ海の島国で、アフリカ系とインド系が人口の大半を占める)からの移民だった。2011年デビュー後、短編「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」(SFマガジン2020年6月号)が2019年のネビュラ賞、続くノヴェラRing Shoutが2020年のネビュラ賞、2021年のローカス賞など3賞、さらに最初の長編である本書が2021年のネビュラ賞、2022年のローカス賞など4賞を受賞するなど、まさに今が旬の作家である。

 ギザにある英国人太守(パシャ)の邸宅で奇怪な事件が発生する。何らかの集会に出席した全員が、焼死体で発見されたのだ。衣服はそのままで体だけが焼けただれている。超自然的な力が働いたと思われた。エジプト魔術省の凄腕エージェントである主人公は、配属されたばかりの新人パートナーと共に事件の真相を追う。そこには伝説の魔術師につながる大きな謎が横たわっていた。

 20世紀初頭のエジプトは列強の一翼を担う新興大国だった。前世紀の終わりに大魔術師により異世界との「穴」が開かれ、古代の魔術やジンたちが復活したからだ。いち早く産業革命の蒸気機関と魔術を統合したエジプトは、大英帝国をも打ち負かし国際政治で優位に立つ。つまりこの物語は、スチームパンク+アラビア・トルコ・アフリカ(イフリートやジン、精霊)などの土俗的魔法という設定なのである。

 そこに山高帽を被り英国風スーツを着こなす女性エージェント、いざというときに超人的能力を発揮する女性バディ(出自に関する秘密あり)、さらに派手なヒジャブをまとう秀才型の女性パートナーが加わって、カイロやギザの街を恐怖に陥れる「黄金仮面」を追うという展開になる。

 蒸気駆動宦官(執事ロボット)や自動馬車が出てくるスチームパンクという時点でレトロな雰囲気なのだが、「黄金仮面」登場となると、まるで昭和初期の帝都を舞台とした探偵小説(江戸川乱歩の明智小五郎もの)を読んでいるようだ(イメージとして、コミックの名探偵コナンも想起させる)。しだいに拡大していく謎を追うエージェントの活躍は、章ごとに立ち上がる危機の連鎖もあって目を離せない。最初の長編とは思えない手練れの技が素晴らしい。なお、本書を含む《魔術省シリーズ》には未訳の先行作品があるが、それらを読まなくても大きな支障はないだろう。

 主人公(エジプト南部の黒人系)の造形や、主要なメンバーが女性なのは今どきの風潮を反映している。とはいえ、非男性非白人非キリスト教のエジプト人といっても、登場人物の感性はやはりアメリカ人である。