芦沢央『魂婚心中』早川書房

扉イラスト:Q-TA
扉デザイン:坂野公一(welle design)

 芦沢央は、受賞歴も数々ある中堅作家で1984年生まれ。デビュー後12年にして、本書は15冊目の著作となる。SFマガジンや『NOVA 2023夏号』などのアンソロジイ収録作中心の6編を収める。著者自身による詳細な解題まで用意されていて分かりやすい(あとがきを参照)。また、プロモーションの一環として、6人の作家による全作品解説記事(SFマガジン2024年8月号)もある。大括りに「SFミステリ」と称し、作品トーンを統一するためのサブテーマ(例えば「女の友情」「情念と犯罪」とか)を設けない短編集は初めてという。

 「魂婚心中」(2024)マッチングアプリKonKonが一般化する。それは「魂婚」=死後婚の相手を探すためのものだった。主人公は推しのアイドルに選ばれたく葛藤する。
 「ゲーマーのGlitch」(2023)人類の限界を超えた男と、伝説の元絶対王者とがRTAで対戦する。さまざまな裏技、バグ技を駆使する戦いのすべてが実況中継される。
 「二十五万分の一」(2022)嘘をつくと存在自体が記憶もろとも消えてしまう世界。しかし主人公だけは、調整役という役割のために消失の前を忘れず覚えていた。
 「閻魔帳SEO」(2024)天国から地獄までが見える「顕現」以来、閻魔帳のスコアを上げ善行を積むノウハウを得るため、人々はSEO業者の手を借りるようになった。
 「この世界には間違いが七つある」(2021)十畳ほどの閉ざされた部屋、誰もここから出ることはできず、〈マスター〉が見ているときは動くことさえできない。
 「九月某日の誓い」(2020)主人公は山梨から横浜にある資産家の屋敷に奉公をする。挑発的な対話を好む令嬢の相手をするためだった。ただ、そこには秘密があった。

 もっとも初期に書かれた「九月某日の誓い」(小説すばる掲載)は、大正期を舞台に令嬢と科学者の父を持つ娘との関係を鮮やかに描き、さらに一ひねりを加えたものだ。この最後のひねりはSFを意識している。伴名練や大森望らの注目を集め、続くSFアンソロジイやSFマガジンへの道を拓いた。

 表題作や「閻魔帳SEO」では、ITネタと推し活、今どきのブラック企業(あからさまではない分、より陰湿)などのダークサイドを組み合わせている。ここでいうSEOとは、Search Engine Optimization(ネット検索の順位を人為的に上げること)ではなく、Spiritual Entry Optimizationなのだ。善行をランダムに積むのではなく、閻魔帳の順位を上げられるものに限って積む。「二十五万分の一」とか「この世界には間違いが七つある」に至ると、(世界の成り立ちもだが)表題自体が人を喰っている。SFとかミステリ以前に「特殊設定」のありえなさが際立っている。