アンジェラ・カーター『英雄と悪党との狭間で』論創社

Heroes and Villains,1969(井伊順彦訳)

カバー画像:SK_Artist/Shutterstock.com
装丁:奧定泰之

 変格ものが多い《論創海外ミステリ》から出た本書は、《文学の冒険》叢書の『夜ごとのサーカス』(1984)や、《夢の文学館》に含まれる『ワイズ・チルドレン』(1991)などで知られる英国作家アンジェラ・カーター(1992年に52歳で亡くなっている)の初期作にあたる。オールディス&ウィングローヴの評論『一兆年の宴』(1986)で、(カーター作品の中では)はっきりSF的に書かれためったにない作品として紹介されている

 主人公は教授の娘で、共同体の白い塔に住んでいる。共同体の境界には堅固な壁が作られ、見張り塔が周囲を監視していた。不定期に蛮族が襲ってくるからだ。兄は警備隊の兵士だったが、警戒の緩んだ祭の日、襲来した蛮族に殺されてしまう。数年後、家族をすべて失った主人公は、偶然助けた蛮族の青年と共同体を離れ、彼らと共に荒れ果てた世界を放浪することになる。

 核戦争らしい大災厄の結果、世界の秩序は失われている。主人公の生まれた小さな共同体では農業や一部の工業が生きているものの、徘徊する蛮族や外人(アウトピープル)は奪うばかりで学ぼうとはしない。本を所蔵する知識階級は「博士」や「教授」などと称される。だが、学識を尊ばれるというより呪術的な存在と思われている。

 本書は、アフター・デザスター/ポスト・アポカリプスといったサバイバルの物語ではない。文明論とも違う。主人公は結果がどうあれ、文明による束縛(社会的義務、家族や婚姻)からの解放を希求しているように思える。書かれたのがベトナム戦争(1955~75)のただ中で、世界秩序が揺らいでいたことも関係しているかもしれない。

 ところで、主人公や蛮族の青年は、さりげなく本の一節や格言を口にする。それは教養の残滓ではあるのだが、文明が失われたことを逆に強調する効果を上げている。