トウキョウ下町SF作家の会編『トウキョウ下町SFアンソロジー』社会評論社

装画:久永実木彦
装幀・DTP:谷脇栗太

 Kaguya Booksレーベルで出た、地域SFアンソロジーの第4弾にあたる。これまでの大阪・京都・徳島と比べると東京は捉えどころがない。非地元民が約半数を占め、文化が混ざり合う茫洋とした存在だからだ。しかし、東京を「トウキョウ」と書き「下町」というキーワードを加えると、確かにある種の地域性が感じられるようになる。

 大竹竜平「東京ハクビシン」東京新橋に住むハクビシンが、その仲間との生活や浜の姫君との出会いを、落語のような口調で自分語りする。
 桜庭一樹「​​お父さんが再起動する」浅草にある焼き鳥屋に、30年後の未来から来たと称する男が出現する。流行作家だった女将の父親の作品を復刊したいというのだ。
 関元聡「スミダカワイルカ」隅田川には固有種のカワイルカが生息している。大学生の主人公はある朝、そのイルカにまたがる少年を目撃する。
 東京ニトロ「総合的な学習の時間(1997+α) 」1997年、総合学習の発表会に50年ぶりに小学校を訪れた男と準備をする生徒たちは、地下室から歌声を聞く。
 大木芙沙子「朝顔にとまる鷹」戯作者の知人である辰巳芸者は、蠅虎(ハエトリグモ)を使った座敷鷹という旦那衆に人気の遊びに滅法強かった。
 笛宮ヱリ子「工場長屋A号棟」工場地帯の端にある長屋のような零細企業の団地に、大量の注文が入るようになる。何に使われるのかは不明だった。
 斧田小夜「糸を手繰ると」ぼくを転生ラマとして認定したい。ブロックチェーンで転生ラマを管理する中国のプロジェクトでそういう結論が出たのだという。

 ハクビシンは、たとえ地元で生まれても邪魔者扱いの特定外来種である。一方のスミダカワイルカは(架空の)固有種なのだが、保護と称する人為的なコントロールを受ける。焼き鳥屋は30年後の未来から家族の倫理を問われ、小学校の生徒は50年前の悲劇と現在の抑圧とを重ねる。粋といなせの辰巳芸者が語る隠された家族のこと、サプライチェーンの先に潜む不穏な存在、ブロックチェーンの話は文化的な干渉の問題につながる。

 いまの社会では、倫理的な問題に対する基準が大きく動いている。よい方に動くと見えても、必ずしも結果を伴わない。本書では自然保護、DV、表現規制、戦災記憶、児童虐待、戦争行為への荷担、文化破壊など、背景となる倫理的なテーマはかなり奥が深い。「下町」のイメージと合うものばかりではないものの、それぞれの重みは印象に残るだろう。