マーサ・ウェルズ『システム・クラッシュ』東京創元社

System Collapse,2023(中原尚哉訳)

カバーイラスト:安倍吉俊
カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 《マーダーボット・シリーズ》は、マーサ・ウェルズの著作の中でもっとも多くの国で紹介され、もっとも高評価(ヒューゴー、ネビュラ、ローカス、星雲賞から日本翻訳大賞まで)を得た作品だろう。TVドラマ化の予定もある。日本での人気は高く、執筆スピードが翻訳に追いつかない状態だ。中編がメインのシリーズなので、原著は6冊の薄い本(といっても私家版ではない。日本では短編も加えて3冊の文庫)にまとめられている。長編は2作、『ネットワーク・エフェクト』(2020)と本書『システム・クラッシュ』である。この2冊は正編(翻訳紹介は2年前)と続編の関係になるが、あらすじが箇条書き(本文を模している)付きで8ページも載っていて、これで十分思い出せるのなら読み返さなくとも問題ない。

 正編での異星遺物による汚染事件からようやく脱したかと思いきや、惑星には別の地域に隠れ住む分離派の入植者たちがいることが分かる。住民を除染のため移住させるにしても、彼らを無視するわけには行かない。大学探査船のシステム(ART)から支援を受けながら、マーダーボットは分離派の拠点を探す。そこは巨大なテラフォームエンジンが、ノイズを垂れ流す(センサー類が無効な)ブラックアウト地帯にあった。

 このシリーズ共通のスタイルとして「弊機」による一人称がある。マーダーボットは有機組織を持つハイブリッドロボットのため、超人的な能力を持つ一方で人間的な悩みを抱えてしまう。自由な状態(統御を離れた暴走状態)にありながら、なぜか自分に自信が持てずドラマ視聴だけが楽しみなのだ。ただ、その独白は自虐的ではあっても鬱々とはならず、どこかとぼけたユーモアを感じさせる。しかも、今回はたびたびの障害にもめげず、ちょっとやる気を出す。愚痴部分を【編集済み】で削除する配慮も見せる。心情の変化を味わえて面白い。

 さて、前作に続いて本書でも敵対する会社(BE社)との紛争が勃発、暗闇(センサーのブラックアウト)での戦いが繰り広げられる。何しろこの時代では会社が敵対的買収をする場合、本当に敵対行為=武力行使をするのだからたちが悪い。前作の設定はそのまま引き継がれているので、戸惑うことなく読み進めることができる。