島田雅彦『大転生時代』文藝春秋

カバー画:柊 季春
デザイン:観野良太

 島田雅彦の最新長編である。文學界2024年2月~4月号に短期集中連載されたもの。帯には「異世界転生✕純文学=本格SF長編」とある。

 「多様な人格を描いてアイデンティティー問題と向き合ってきた小説家からすると、一連の転生ものの作品は物足りない。そこに『他者』がいないからです」と述べ、「純文学がよって立つのは、ちゃんと他者と向き合って試練がある成長の物語。パターン化したご都合主義ではない設定で書いてみようと」とも語っている。とはいえ、この作品はラノベのサブジャンル「異世界転生もの」とは、キャラから物語まで(著者が意図するものを含め)全く別ものといえる。また、自身もラノベを書いてきた芥川賞作家 市川沙央は「『大転生時代』における「同期」の過程の衝突と摩擦、相互理解、融和、寛容の方向性に、ポスト・ヒューマンSFの新しい切り口を私は感じた」と書いている。だとすると、帯の惹句通りの本格SFなのだろうか。

 主人公が居酒屋で知り合った元同級生は、聞いたことのない「子どもの国」に暮らした転生者なのだという。しかし彼は忽然と姿を消してしまう。残されたPCを手がかりに行方を捜すうちに、その出自を記した日記が見つかり、転生者支援センターなる組織の存在にたどり着く。

 ラノベでの「転生」とは「意識/肉体が、異世界(異次元/異時間)の住人/生物に転移する」現象を指す。本書では、転生者の意識が宿主の意識と同居し、優劣はあるとしても多重人格化する。転生は死などの特殊な条件で起こる現象なのだが、人為的(DNA情報を載せた素粒子をシンクロトロンで任意の異世界に放出する)に意識のコピーを送ることが可能になり、量子もつれの即時的な「同期」でコミュニケーションがとれる。こういう設定の説明は(著者はギャグだと思って書いているのかもしれないが)SF風といえるだろう。富裕層による異世界の権益収奪、子どもが長生きできない世界、多重転生、生死を司るネクロポリスの女王と、面白いアイデアが含まれる。

 もっとも、この異世界はメタバース/マルチバースなのであり、デジタルツインを(怪しげなシンクロトロンなどではなく)アップロードしていると考えた方が分かりやすい。物語の設定は、異世界転生ものよりもそちらに近いのだ。主人公と元同級生の運命の物語などもあり、島田雅彦スタイルで書かれたエンタメSFとして楽しむことができる。