キム・チョヨプの『地球の果ての温室で』(2021)に続く第2長編にあたる。「人間が外惑星に行くのではなく、地球が外惑星に変わった話を書いてみよう」という発想で書かれた作品である。地下に逃れた人類と、異形の生き物が繁栄する地上とが対比的に描かれる。
主人公は派遣者になることに憧れ養成アカデミーに通っている。派遣者とは、氾濫体に汚染された危険な地上に赴き、探査やデータの収集を行う重要な職務だった。この世界では人類は閉鎖された地下都市に住んでいる。氾濫体とはある種の菌類で、地上の動植物をすべて汚染しているのだ。人も感染すると死を招く錯乱状態になる。ただ、主人公は自分の頭の中に何かがいるという幻覚に悩まされていた。
主人公には隠された過去があるらしい。記憶は断片的だった。派遣者だった教官に憧れ、教官も気にかけてくれるけれど、その理由も不確かなのだ。しかし、頭の中の誰かと意思疎通ができるようになってから、派遣者の目的や自身の出自、地上の実態など、すべてが明らかになっていく。
氾濫体に覆われた地上は、腐海の森のような存在である。生命にあふれているが、人間には有害で立ち入るだけで危険が伴う。しかし、自然環境との融和を受け入れない人間の側にも問題があると示唆される。森林など自然の共生関係に関するテーマでは、池澤春菜「糸は赤い、糸は白い」が本書とよく似た発想で書かれている。
- 『この世界からは出て行くけれど』評者のレビュー