4月に出た『嘘つき姫』に続く坂崎かおるの第2短編集である。全部で6作品を収め、半分は小説現代に掲載(そのうち「ベルを鳴らして」は第77回 日本推理作家協会賞短編部門を受賞)、さらに徳島新聞掲載の掌編と2作の書き下ろしを含む。
ベルを鳴らして(2023/7)1930年代の日本、主人公は邦文タイプライターの学校に通い中国人の先生から才能を認められるが、世の中では不穏な空気が膨らんでいく。
イン・ザ・ヘブン(2023/10)アメリカの地方、母親は性的な本を禁書にしない学校を認めない。そのせいで主人公は学校を辞めさせられ、家庭教師から学ぶようになる。
名前をつけてやる(書下ろし)均一ショップに安い輸入品を卸す会社で、主人公はパッケージングとネーミングの仕事をしている。そこに寡黙な新人がやってくる。
あしながおばさん(書下ろし)揚げ物チェーン店で、主人公はバイト女子大生が気に入る。特にスタンプの押し方が良かった。ところが、そのスタンプが廃止になる。
あたたかくもやわらかくもないそれ(2024/4)ゾンビが治る薬はマツモトキヨシでも売っている。小学生だったころ、そんなうわさを信じて友人と探し回った。
渦とコリオリ(2023/8)市民ホールで行われるバレエの公演に主人公も誘われる。そこには姉もいて、演技について容赦ない文句をつけてくる(新聞掲載の掌編)。
前著からは、収録作の主たる発表媒体も一般向けの小説誌に変わり、もしかしたら作者は心を入れ替えハートウォーミング路線に転向したのでは、と思ったが(もちろん)そうではない。やはり陥穽が物語のあとに控えている。
「ベルを鳴らして」でタイプライターに入れ込む主人公は、先生の入力速度/精度に勝とうと異様なまでに執念を燃やす。「イン・ザ・ヘブン」では偏執的な母親に辟易する主人公は、家庭教師に救いを求める。「名前をつけてやる」ではバグチャルに新たな名前を付けるのだが、新人の意外な特技が判明する。「あしながおばさん」は、家庭に小さなわだかまりがあって、主人公のおばさんは女子大生の実直さと明るさに惹かれる。「あたたかくもやわらかくもないそれ」は、小学校時代の記憶(ゾンビはコロナに近い感染症らしい)と新幹線車中の出来事とが重なる。「渦とコリオリ」の姉は、冒頭から死んでいることが明らかにされる。
ところが、これらは発端に過ぎない。登場する「好い人」「まじめな人」らしき人々は、過去なり現在なりに何か仄暗いものを抱えていて、物語がハッピーに終るのを妨げる。表題の『箱庭クロニクル』の箱庭とは、各登場人物たちの生きざまを指すのだろう。人の一生など、社会全体から見れば小さな箱庭に過ぎないからだ。しかし、どれにも一生分の時間=歴史(クロニクル)はある。そして、深い穴の存在も。
- 『嘘つき姫』評者のレビュー