
本書は1981年に「野性時代」(現在の「小説 野性時代」の前身にあたる)に連載後、同年角川書店から単行本で出版、その後1987年に角川文庫、2012年には出版芸術社の《眉村卓コレクション 異世界編Ⅱ》にも収録された長編小説である。眉村卓自身を投影し、後の「私ファンタジー」のさきがけといえるマイルストーン的な作品だが、長年新刊での入手は困難だった。
激しい雨の日に放送局に向かっていたSF作家の主人公は、入ったビルがいつもと違うことに気がつく。そこは17年も前に辞めた会社が入っているビルなのだった。自分の服装はラフなものからスーツに替わっており、部下と称する若者に対応を任された来客は、とうに亡くなったはずの旧友だった。
主人公は作家ではなくなる。年齢相応の役職に就いており、住んでいるのも元の世界では抽選に外れたマンションである。妻子は同じなのにどこか雰囲気が違っている。しかも変異はこれで終わらない。2回目、3回目と次第に変化の度合いは深まり、いつか彼の周囲だけでなく社会全体が見知らぬものへと変貌している。
今と異なる人生を歩んだらどうだったか。筒井康隆も『夢の木坂分岐点』で作家ではなかったもうひとつの自分を描いているが、作家は自由で型にはまらない反面、本書の第3の人生のように将来を見通せない不安を抱える。主人公の葛藤は著者自身の煩悶でもある。また、次々と転移していく自分と、憑依された異世界の自分との関係(宿主には意志がなくなる)を自問自答するなど、いかにも眉村卓らしい考察が面白い。
ここに描かれている内容には、著者の実体験が色濃く反映されている。最初の「転移」は執筆当時に番組を持っていたエフエム大阪(肥後橋の朝日新聞ビルにあった)に向かう途上で起こり、勤務していた会社(大阪窯業耐火煉瓦=現ヨータイ)が入居する旧宇治電ビルや、就職後の初任地だった日生の工場(このあたりは『眉村卓の異世界通信』に収められた、堀晃「日生を訪ねて」に詳しい)が登場する。主人公の年齢は執筆当時の著者と同じで、巻き戻る日付10月20日は自身の誕生日である。これはタイムループというより、らせん状に連なる異世界転生だ。生誕をミニマム(2ヶ月)に繰り返しながら、作家眉村卓を再構成する物語なのである。
- 『EXPO’87』評者のレビュー