会津信吾編『バビロンの吸血鬼』東京創元社

装画:まるひろ
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 大正末期から昭和10年代半ばまでの(戦争の影響がまだ国内に及ばなかった)時期に書かれた怪奇小説を、編者は「昭和モダンホラー」とし「舞台は近代日本、または海外。テーマはタクシー幽霊、オフィスビルの怪異、未確認生物、人体実験、サイコパス、多重人格、性的倒錯など、近代固有の事象」(編者序文)を描くものと定義する。これらは日本的な「怪談」を脱却した作品だった。本書ではさらに「新青年」掲載作を除くという大胆な条件が課されている。この時代の代表的な雑誌を除いたのだから、当然マイナーな作家が選ばれることになる。作品数は21作家/編と多く、短いものが中心である。

 高田義一郎「疾病の脅威」(1928)疾病の原因を除くため人体器官の除去を進めた医師。椎名頼己「屍蝋荘奇談」(1928)行方不明になった妻は高名な精神病理学者の奇怪な屋敷にいた。渡邊洲蔵「亡命せる異人幽霊」(1929)アメリカで幽霊を消してしまう薬品が発明され、亡命幽霊が現れる。西田鷹止「火星の人間」(1929)目覚めると数日の時間が過ぎていた。その間の記憶がないのだ。角田喜久雄「肉」(1929)南アルプスを縦走中の一行は天候不良で足止めされついに食糧が尽きる。十菱愛彦「青銅の燭台」(1929)男女の双子が住む旧家には、閉ざされた部屋とそこに隠された暗号があった。庄野義信「紅棒で描いた殺人画」(1930)横浜の売笑婦の子どもは、情夫によって興行師に売られてしまうが。夢川佐市「鱶」(1930)嬰児誘拐が続く地方で、仕事を探す若い漁師は一隻の舟に雇われる。小川好子「殺人と遊戯と」(1931)親友の自死のあと、僕は彼女との心中を計画する。妹尾アキ夫「硝子箱の眼」(1931)事故の特報記事を書いている記者の前に山高帽の男が現れ奇妙な話を始める。宮里良保「墓地下の研究所」(1931)実験室では人造人間の魂が製造されている。それには霊が必要になる。喜多槐三「蛇」(1932)優生学と人種改造の権威だった父親により、肉体改造された息子の秘密とは。那珂良二「毒ガスと恋人の眼」(1932)同じアパートに住む恋人同志の二人、男は国立研究所で毒ガス研究をしていた。高垣眸「バビロンの吸血鬼」(1933)ミイラ研究の第一人者であった博士が殺され、邸宅から貴重なミイラが行方不明となる。城田シュレーダー「食人植物サラセニア」(1933)蘭の蒐集家で知られる香料業者がニューギニアの奥地で巨大な食人植物を発見する。阿部徳蔵「首切術の娘」(1933)帰郷した故郷の見世物小屋で、主人公は首切術に出演した娘と知り合う。米村正一「恐怖鬼侫魔倶楽部奇譚」(1933)あたり前の映画に飽いた主人公は、数人の金持ちが集う秘密の上映会に誘われる。小山甲三「インデヤンの手」(1935)ミシシッピ川を下る船で知り合った男から、インディアンの祖父が遺した書物があると聞く。横瀬夜雨「早すぎた埋葬」(1936)田舎では土葬が残っている。若い娘が亡くなったときも直ぐに土葬されたのだが。岩佐東一郎「死亡放送」(1939)ラジオ放送の夢を見た。明日亡くなる人を次々と読み上げていくのだ。竹村猛児「人の居ないエレヴエーター」(1939)その病院には近代的なエレベータが設置されていた。しかしその一つには。

 大半の作家は馴染みがない。角田喜久雄や妹尾アキ夫くらい、という読者が多いだろう。それは編者も認めている。掲載誌は「探偵趣味」「蜂雀」「グロテスク」「犯罪科学」「怪奇クラブ」「犯罪実話」など怪しい名前が並ぶ(現存/後継する雑誌はない)。文体は古色蒼然と現代風が入り交じり、エログロであってもアイデアはシンプルだ。SF的なものだと、幽霊を消す薬剤、コピー人間、生きている脳、ロボットの魂、人体改造、食人植物、死亡放送などがある。他にも本格ミステリ、ノワール風のものもあるが、作品の長さも短く、掲載誌の性格もあってディープな方向には進展しない。

 会津信吾の解説は、たとえ無名の作家でも発見を事細かに書いてしまうという、コレクター/研究者のマニアックさが顕われていて面白い。