キム・イファン『おふとんの外は危険』竹書房/イ・ユリ『ウェハース君』晶文社

이불 밖은 위험해,2021(関谷敦子訳)
 イラストレーション:ハラケイスケ/デザイン:坂野公一(well design)
웨하스 소년,2024(渡辺麻土香訳)
 装画:瓜生太郎/装丁:脇田あすか

 キム・イファンは、2004年から長編を主体に書いてきた韓国作家で、多くの受賞歴があるが(単著での)短編集は本書が初になる。ブラッドベリの『火星年代記』に惹かれて書きはじめ、ハインラインやゼラズニイ、ローリングや村上春樹らを好むという。

 おふとんの外は危険:外は危険とふとんが言いだし、周りの家具や道具たちもしゃべり始めた。Siriとの火曜日:AppleのAI人型ロボットSiriがやってくる。公開データだけで、自分たちの秘密が見透かされてしまう。バナナの皮:夜中に開くコーヒー店には変わった店主がいる。店主は最後にプレゼントをくれる。#超人は今(長編の原型短編):テロ事件の目撃者をさがし、インタビューを続ける追跡者。事件は超人の働きで解決したのだが。運のいい男:気分が冴えない主人公に、見知らぬ誰もがなぜか同情しておごってくれる。セックスのないポルノ:交互に続く、セックスに興味が湧かない無性愛者の夫婦とSM愛好者2人の会話。魔導書:暴れるドラゴンを退治する無敵の騎士、しかし勇者を悩ます夢があった。万物の理論:科学者がマクドナルドで宇宙終末がいつかを計算する。スパゲティ小説:面白い話をしないと死ぬ集まりに紛れ込んだ小説家。君の変身:人体がいつでも改変できる社会では、恋人は外観や性別さえ自由に変える。天国にもチョコレートはあるのか:死を予感したヨハネは別れの前にチョコレートを訪問者に振る舞う。透明ネコは最高だった:透明ネコはなんでもしてくれる。家事や食事、お金の用意まで。

 韓国の他の作家とも共通するが、発表媒体がWeb中心のためなのかあまり長くはない。掌編から中編の手前くらいの分量なので、負担なく読めて後味もすっきりしている。といっても、中で描かれる世界には重みがあり、現代的な社会問題が織り込まれていたりする。キム・イファンの作風は結構ソリッドで、たとえば「スパゲティ小説」では魔法の謎解きをミステリタッチで解き明かす。この理詰めさが特長だろう。多くのアイデアは過去のSFでも見られたものだが、それをオチの一歩手前の小道具として扱うのが今風だ。

 イ・ユリは2020年にデビューした若手作家。昨年9月に邦訳が出た初短編集『ブロッコリーパンチ』(2021)は韓国でベストセラー、日本でも話題になった。ミステリの愛好家のようだが、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』などの名前も挙げている。

 ガーデニングの楽しみ:私は惑星栽培が趣味だ。店主に勧められて固体型惑星の地球を買った。リプレイする日:人生で一度だけリプレイする日を設定することができる。私の場合は中学生の一日だった。五分間:ウィルス汚染が広まった社会、保護メガネをせず目が開けられるのは5分間だけ。トゥデイズムード:毎朝届く箱に浸れば、平凡な一日でも華やいだムードに変わる。ウエハース君:幼児のころは天使のように飛べた男も、大人になると羽根はもはや邪魔なだけだった。思い出を紡ぐ:私は冬になると、古びた機械で思いを込めた糸を紡ぎ出す。ジュエリーモスキート:宝石のようにきらめく蚊には、血と同時に吸い取る大切なものがある。キノコの国で:10年を共に過ごしたパートナーが、白く発光するキノコになってから10日が過ぎた。一方、別の宇宙では:異次元ドアの向こうに行くと、その人が選んだかもしれない別の人生が確認できる。三頭猫:3つの頭を持つ三頭猫には素晴らしい洞察力がある。アナザーストーリー:私の部屋に私がやってくる。もう一つの人生を送った私だ。ハッピーペンダント:そのペンダントは1日のハッピーな瞬間を記録する。フジツボ:海岸で怪我をした友人の様子がおかしくなった。新年の誓い:向かい同士の売り場にいるデパート勤務の2人が、次々と披露する奇妙なエピソードの数々。

 SF好きという記述はないが(生まれたときからのSFネイティヴではある)、本書にはSF的な奇想アイデアがたくさん詰め込まれている。惑星を育てたり、人生をリプレイしたり、パンデミック下の理不尽、翼を持つ男の悲哀、感情を織り込む糸、記憶の抽出、人間をキノコに変え、並行世界を行き来したりする。キム・イファンで書いたようにアイデア自体は既出だが、これらがネタではなく主人公(多くは一人称)の心理を反映するツールの一つになっている。SFの彩りをまとった現代の綺譚集と言ったところか。