韓松『紅色海洋(上下)』新紀元社

红色海洋,2004(林久之、上原かおり、立原透耶、大恵和実訳)

装画:鈴木康士
装幀:坂野公一(well design)

 昨年11月に出た本。一昨年出た『無限病院』が2016年の作品だったので、比較的初期の作品と言えるだろう。全4部からなる連作中編(長めの中編)を4人の訳者が分担するという、ちょっと変則的なスタイルで翻訳されている(監修は立原透耶)。

 第一部「我々の現在」紅い海の底に人類の一族がいた。主人公にはたくさんの兄姉たちがいたが、凶悪な天敵たちに命を脅かされ生き残れる者はわずかだった。やがて一族は離散、大人の男だけからなる部族に属するようになる。彼らは他の部族を襲い、食人を躊躇わない残虐な掠食族なのだ。
 第二部「我々の過去」紅い海に棲む水棲人の社会は衰退しつつある。どこかに救いの青い海洋へとつながる通路があるはずだ。どこに行っても見つからない中で、過去にあった海底城の廃墟が見つかる。それが造られた時代の出来事も明らかになる。
 第三部「我々の過去の過去」遺伝子操作により水棲人は生まれた。陸地の資源は枯渇し、大地は荒廃した。その中でホワイト族は月に移住し、やがて地球の再制覇を試みようとしている。彼らとはやがて戦争になる。残った陸地の人類は海底に移り住むことで絶滅から逃れようとしていた。
 第四部「我々の未来」15世紀、明の鄭和は二百隻を超す大船団を率いて西方に向かい、東アフリカのソマリア付近まで到達する。これでも大成果なのだが、帰国するのではなく、さらに南をめざす決定をする。やがて船団は喜望峰を越え、北をめざす航路を取る。

 水棲人あるいは紅い海という共通モチーフがあるものの、この4つの物語は強く結びついているわけではない。幻想色が濃い第一部と第二部はまだ関連があるものの、第三部は一転してSF味が強くなり、第四部は改変歴史を扱う「中国史SF」になっている(ビネの『文明交錯』を思わせる)。

 最初のエピソードでいきなり人肉嗜食など残虐シーンが出てくるので、抵抗を感じる読者もいるだろう。これは魯迅「狂人日記」との関連もある象徴的な行為と解釈できる(上原かおりによる解説)。また、ホワイト族(欧米文明)との対立には、二律背反(好悪)的な意味が含まれている。このあたりは、21世紀初頭(ゼロ年代)で発展途上だった中国の状況も反映されている。

 さまざまな要素が含まれ、夫々のエピソード自体は分かりやすいが、全体をどう捉えるかは結構解釈が難しい。政治/文明的な批評なのか、中国社会を風刺するものか、幻想/奇想性の追求なのか、韓松流の韜晦もあって読者は翻弄されるが、それも含めて著者の魅力と考えるべきだろう。