
イラスト:北村みなみ
著者は1986年生まれ。理系の大学院博士課程を(博士論文を出さず)単位取得満期退学した経歴を持つ。熱力学と統計力学を専門としていたが「いまさら『理系作家』みたいな看板を掲げるつもりもない」とも書く。本書は9編の短編を含む。内4編は惑星と口笛ブックスから出た電子版の短編集に含まれるもの、他は「たべるのがおそい」や『異常論文』、早稲田文学、SFマガジンなどでの発表作である。
未来までまだ遠い(2018)幼なじみの2人が夜空を見上げている。ハーフパンツの科学者がテレビの中で、あらゆる時間が粒子となって宇宙を飛び回っていると解説する。
騎士たちの可能なすべての沈黙(2017)ブルバキと議論を交わすほどの数学者の父は、農耕を議論する空間の23の公理を打ち立てた。農耕空間は108次元なのだ。
ソナタ・ルナティカOp.69(2017)そのギター独奏曲は定番中の定番でありながら、究極の退屈を備えていた。作曲した音楽家はエリック・サティと出会うが。
誘い笑い(2018)就活に興味がない主人公は、70年代に結成された夫婦漫才師のお笑いにのめり込んでいく。その漫才師はカルヴィーノのある小説を暗唱する。
ザムザの羽(2021)数学者ザムザが発表したゲーデル風の二つの命題は、カフカの『変身』にまつわるものだった。アンソロジイ『異常論文』収録作。
演算信仰(2017)計算科学を専攻する学生が東京オリンピックで自爆テロを起こす。その部屋には演算信仰の起源とされる「この世の全てを算出する理論」がある。
コロニアルタイム(2017)未来から来た人とわたしは話をする。あらゆる時間を断片的に映画にする人、いたかもしれないおとうと、ロケットの計画。
白い壁、緑の扉(2021)小説を書けなくなった主人公は、1人の友人に相談を持ちかける。ウェルズの古典短編を作中に埋め込んだコラージュ作品。
花ざかりの方程式(2020)父親は計算工学を専攻していたが、今は言語学者だった。母と離婚したあとに2人の子どもたちがいたのだが。
各物語に関連性はないが、カニーノのソナタ・ルナティカOp.69、アイゲンベクターの完全演算定理(「外部空間の内在化と計算可能問題への応用」)とオラクル理論、数学者岡崎忠邦、桜塚八雲などの固有名詞は共通して出てくる。どれもが、ラプラスの魔の存在を証明する「完全演算定理」の存在が前提となり、未来が操作可能=確定できる世界なのが特長である。
とはいえ、この凄さはなかなかに難解で、誰もが理解できるとはいえまい。評者にもよく分からない。推薦文も何のことか分からず、版元の紹介文もかなり苦しんでいる。初期の頃の円城塔と雰囲気は似ているものの、一般読者にとっては(意味不明の)シュールな表現としか思えないだろう。そういう実験小説的な理解で読むのが正解なのかもしれない。
- 『Boy’s Surface』評者のレビュー