アーカディ・マーティーンは1985年生まれのアメリカ作家だ。パートナーはファンタジー作家のヴィヴィアン・ショーで、共にサンタフェに在住する。ビザンツ帝国史で博士号を取得し、後に都市計画の修士号を得て現在はそちらを生かした仕事に就いている。SF作家としてのデビューは2012年、本書は2019年の初長編だが、2020年ヒューゴー賞長編部門を受賞するなど高い評価を受けた。経緯は異なるものの、初長編でいきなりブレークした『最終人類』と似たところがある。スペースオペラに歴史の専門分野を織り込み、エキゾチックな雰囲気を配した作品だ。
遠い未来、銀河宇宙は大帝国テイクスカラアンにより支配されている。小さな独立ステーションにすぎないルスエルは新任大使を首都に送り込むのだが、そこで連絡を絶った前任大使の謎めいた行動が明らかになる。何を画策しようとしていたのか。足跡を追ううちに、新任大使の身にも次々と難事が降りかかってくる。
登場人物の名前が変わっている。帝国の人々はスリー・シーグラス、シックス・ダイレクション、ワン・テレスコープなど、数字と単語を組み合わせた奇妙な名を持つのだ。しかも、ビザンツとアステカが混ざりあった文化を持つ帝国では、意見表明の際に詩の朗読をする風習になっている。ただし、物語の(文明の衝突などの)文化人類学的な側面はあくまでも背景にすぎない。主人公とペアの案内役(第一秘書的な地位)の2人が、宮廷内で密かに進む陰謀の真相に切り込むサスペンスがメインとなる。このあたりは、ジョン・ル・カレのスパイ小説から影響を受けたと著者自身が述べている。
帯に『ファウンデーション』×『ハイペリオン』とあるのはちょっと書きすぎで、それらと本書では銀河帝国やスターゲートが出てくる以上の共通項はない。解説で指摘されるもう一つの影響元C・J・チェリーが、日本で絶版状態なのは惜しいと思う。チェリーの描く異世界は、ファンタジー寄りではなくSF的だったからだ。本書ではその設定を前提に、表紙イラストに描かれた『ゲーム・オブ・スローンズ』風の玉座を巡る、権謀術数のドラマが楽しめるだろう。登場人物の関係は性差もなく今風。また、続編 A Desolation Called Peace は今年出たばかりだが、すでに翻訳が決まっているそうだ。