ザック・ジョーダン『最終人類(上下)』早川書房

The Last Human,2020(中原尚哉訳)

カバーイラスト:緒賀岳志
カバーデザイン:岩郷重力+A.T

 アメリカ在住の作家ザック・ジョーダンによる昨年3月に出たばかりの初長編である。大学を中退後、U.S. Killbotics名義で楽曲を作り、ゲームやFEMAなどのプロジェクトに関わった後、本書を構想してから書き上げるまで4年半を要した。エージェントからの高評価を受けて、英米の他、ドイツや韓国でも出版されることになっている。アシモフやクラークなどの伝統的な宇宙SFを現代に再現したものという

 主人公は蜘蛛に似た姿のウィドウ類に育てられた娘だ。出自を偽っているが、滅ぼされた人類の最後の末裔なのだ。彼らは高度にネットワーク化された宇宙に住んでいる。ネットワークに参加する種族は、知性の段階により階層化がされている。上位の種族は、コミュニケーションも困難な集合知性ばかり。しかし、なぜ人類は滅亡したのか。娘にはもはや仲間はいないのか。

 クラークなどは、人類より進んだ生命は肉体を持たない集合知生になると考えたわけだが、まさにそういう世界が描かれている(本書の場合は、現代的な情報ネットワークによるAR空間)。第1階層から第5階層に至る段階的な知性の階層(その上もあるらしい)を、章ごとにたどっていくのである。第2階層相当の主人公は、同レベルの仲間たちを得て、さらに上位の知性から驚くべき提案を受ける。

 ポール・ディ・フィリポはローカスのレビューでハインラインの古典宇宙もの、ヴィンジの宇宙もの(『最果ての銀河船団』を含む三部作。蜘蛛に似た生命が登場)や、ディレイニー『エンパイア・スター』(知性を段階的に表現)を引き合いに出し本書を評価していた。本書では、人類は銀河ネットワークに加入する際、取り返しのつかない失策を犯して滅ぼされてしまう。そのチャンスがあったとして、ここは過去の復讐を遂げるべきだろうか。秩序を重んじるネットワークに埋没するより、何ものにも支配されない自由を重視すべきだろうか。主人公の心理は二転三転する。

 単純な(白黒が明白な)勧善懲悪ものではなく、かといって哲学的な思索が目的ではない。熱心なファン上がりの作家デニス・E・テイラー(下記リンク)や、ネット人気から出版に繋がったアンディ・ウィアー(『火星の人』)らが帯に推薦文を挙げている。この2人のファンならば、本書も面白く読めるだろう。