佐々木譲『帝国の弔砲』文藝春秋

カバーイラスト:ケッソクヒデキ
カバーデザイン:征矢武

 佐々木譲の歴史改変ミステリ『抵抗都市』の続編にあたる作品である。ただし、前作の集英社「小説すばる」連載版とは違い、本書は文藝春秋の「オール読物」で2019年3月号から2020年7月号まで約1年半連載されたものだ。続編というより、並行する枝編なのだろう。時代は前作から四半世紀後の1941年7月の東京へと飛ぶ。

 主人公はディーゼルエンジンの整備工だった。下町に小さな家を借り、親しくなった女と籍を入れないまま同居生活を送っている。しかし主人公には隠された使命があった。それは最後の任務と呼ばれ、一度決行すると二度と元の生活には戻れないものなのだ。主人公は、前線で戦った過去を思い浮かべる。それは帝国が存在していた25年前に遡る記憶だった。

 今回舞台は一変する。物語はロシア帝国の沿海州に移住した、日本人家族のエピソードから始まる。入植者たちはロシアと日本が戦争になった後に収容所に送られ、戦後も土地を取り返すことができず貧しい生活を強いられる。なんとか鉄道学校に通えた主人公は、第1次大戦勃発とともに徴兵され西部戦線(ロシアからみた西部、ドイツからみれば東部戦線)に送られるが、そこで思わぬ戦功を上げる。

 日本がほとんど関係しなかったこともあり、第1次大戦のイメージはあまり沸かない。最近の映画「1917 命をかけた伝令」などを見て、英仏とドイツが対峙した西部戦線が人命をすりつぶす塹壕戦だったことが分かるくらいだ。しかし最大の犠牲者を出したのはロシアとドイツの戦いなのである。広大なロシアで総力戦が起こると、被害の及ぶ範囲も果てしなく拡がる(ナポレオン戦争や独ソ戦もそうだった)。主人公は、日系ロシア人としてその戦いに参加する。この設定は、第2次大戦下の日系アメリカ人と似ている。第1次大戦や、それに続く革命の混乱期を、日系ロシア人(二世)の視点で描くというのはユニークだろう。

 本書の場合、ロシア兵器に可変翼グライダーや水中翼船のようなものが出てくる以外は、歴史改変度合いは小さい。ロシア革命後に日本は独立し(史実的にも、ロシア帝国内のバルト三国やフィンランド、ポーランドが独立)、極東共和国の樹立や革命干渉のため派兵された日本軍など、概ね元の歴史をたどりつつあるように見える。物語の最後は太平洋戦争を予感させてまだ続く。小説すばる版の続編『偽装同盟』は新連載が始まったばかりだ。さて、2つの物語はどこでつながるのか。