山尾悠子『鏡の角度』思潮社

写真:山尾悠子
図版:アタナシウス・キルヒャー「Ars Magna Lucis et Umbrae」より
装幀:柳川貴代

 2023年6月から始まった「現代詩手帖」の隔月連載《鏡の中の鏡》から12編を集めたもの。著者はあとがき「付・鏡の角度あるいは鏡の中の鏡」の中で「詩のような小説か小説のような詩、どちらを引き当てるか運次第」と述べている。noteでは「現代詩手帖」出身であればよかったのに、とも。

 「パルトロメウス或いは蝟集性について」吹き抜けの空が見える塔の中でおれは夢を見る。「夜の宮殿とオネスティの犬」湖面の沖で離宮が燃えている夜の宮殿で、じぶんは当たり籤を求めてさまよう。「無限の図書館」無限の図書館の中心部には無限の竪穴がある。「夜の駅舎と女たち、庭園」片手で何かを指し示す手振りのまま、ゆるゆる優雅に回転する女コンシェルジュたちの姿が見えていた。「春の祭典抄」懸垂式のモノレールが頭上を走る異国の街で、風変わりな舞踏の舞台を観たことがある。「眠れる黒いヘルマフロディトス」ふと脇を見て、その場に他ならぬ〈眠れるヘルマフロディトス〉がいる。「《アウトサイダー》」その場にて己が真正面から向き合ったのは他でもない。「夢みる階段愛好家の話」あらまあ。これどう見ても有名な大階段、グラン・エスカリエだわね。「スワンの恋」『鏡の角度』と題された絵はその人の晩年の代表作となり、作品目録の表紙にもなった。「漏斗と螺旋その他」紅い日没時には漏斗のへりに居並ぶ影の如き者たちが口から吐きだす言葉の群れが風に乗り舞い降りる。「真っ青な空中にぴんと張られた綱を渡っていく……」そして籤売りがやってきた。はたはた靡く幟を背に負い、売り物の籤をぎっしりと詰めた掛け帯つきの木箱を胸の前にかかえて。「エンタシスと黒松の美術館」窓外の明るい景色や観賞順路の光景を密かに盗み見るこのわれはいったい何者であるか。

 山尾悠子も古希を過ぎた。過去の作品の断片(遠近法とか影盗みとか籤売りとか)をちりばめた本書には、読者的観点からは時を感じさせるところはある。とはいえ老いたのは読者であって、山尾世界そのものに時間経過はない。遠近法の宇宙が図書館になったりの変化はあるものの、時間的には凍結されているのだ。ファンならもう周到に手に入れただろうが、思潮社の本なので部数はそう多くはないだろう。本自体も稀なるものだ。