
カバーデザイン:青柳奈美
7月に出た本。小林泰三が2020年に亡くなって6年になるが、単行本にまとめられずに埋もれていた作品も多い。それら14編を集成したのがこの中短編集である。小説新潮などの一般読者向け、SFマガジンのハードSFを志向する読者向け、創土社のクトゥルー(ホラー)ものアンソロジイ収録作(中編)と、対象読者がそれぞれ異なるのに(アイデアの硬軟はあっても)物語のトーンすべてが共通するのは著者らしい。
愛玩(2015)児童相談所の職員は、首輪につながれた少女が監禁されているという告発を受けて調査に赴く。
メロスの疑念(2020)帰還に疑問を感じるようになったメロスと、転落していく男の自堕落な人生との奇妙なシンクロ。
掌の上の宇宙(2013)男がドブ川からすくった水には微少な生き物たちが生きていた。そこに冴えない中年男が訪問してくる。
量子密室(2013)超絶探偵Σのもとに「妻を不確定に殺したので、彼女を観測して波動関数を収束させて欲しい」という犯行の解決依頼が寄せられる。
大いなる種族(2013)空飛ぶポリプに襲われる地球人たちは、円錐形の体と鋏の腕をもっていた。しかしそれは実験中に見た夢なのか幻覚なのか分からないものだった。
二人を繋ぐ夢(2014)年末を病院で過ごすことになった女子大生は、1人の女医が異様になれなれしいのが気になった。何か目的があるのだろうか。
強いAI(2016)あるときAIロボットの中に意識が芽生えた。つまり強いAIとなったのだ。だがそれだけで人間を凌駕できるわけではなかった。
単純な形(2021)わたしは次元潜水船を正八胞体(超立方体)で設計した。形状として最も適していたからだ。(図形を交えての作品)。
最初の角逐(2018)オックスフォード街で起こった貴族殺人事件、わたしは犯行のトリックを解明したと語る男に辟易していたが、さらに怪しい老人までがやってくる。
きらきらした小路(2021)キラキラした小路の周辺には無数の黒い穴がある。穴の周りを巡る渦に巻き込まれれば帰ってはこれないのだ。
虹色の高速道路(2021)祖父から操りの儀式を引き継ぐのだが、その儀式のためには数表と計算図表を用いたご神体の調整が必要らしかった。
自分霊(2018)念願の大学合格を果たした主人公は格安の部屋を借りる。ところが、そこに奇妙なものが現われるようになる。これは幽霊なのか。
シミュレーション仮説(2013)駅の線路に転落した僕は、引き延ばされた時間の結果として、列車に引かれて死んだはずだった。
此方より(2016)子どもの頃、異端の科学者だった伯父の家で、異次元の色彩に彩られた機械を見た。大人になってから、教え子という女から伯父の行方を問われるが。
このうち2021年発表作はSFマガジンの追悼特集号に掲載されたもの。
ロボット三原則驚きの解釈、波動関数収束の回避法、テセラクト、超極限カー物体などが出てくる。アイデア小説となっているものも、何段にもわたってオチが付くので予測不可能である。「大いなる種族」や表題作の「此方より」も、クトゥルー小説のレギュレーションを踏まえ、定番の描写や固有名詞(ネクロノミコンなど)をちりばめながらも、きわめて論理的にしゃべる登場人物を配して、情感より理屈を重視する小林泰三のスタイルを崩していない。これは、ホラーというより(本格系の)ミステリに近いだろう。
著者は1962年生まれで大阪大学基礎工学部卒の兼業作家だった。理山貞二と同様の堀晃直系といえる経歴なのだが、2015年に勤めていた三洋電機を退社し(三洋を買収した松下電器への転籍を拒んで)作家専業となった。収録された作品の多くはその前後に書かれたものである。
- 『ウルトラ世界を別視点から描き直す』評者のコラム