佐々木譲『抵抗都市』集英社

 直木賞など多くの賞を受賞してきたミステリ界の大物、佐々木譲による歴史改変SFである。小説すばる2018年10月(SF特集号)から19年9月まで1年間連載したもの。ナチス占領下のロンドンで殺人事件が起こるレン・デイトン『SS-GB』を連想する。版元のインタビュー記事を読むと、その点は意識的だったことが分かる。

 1916年、大正5年の東京にコサック騎兵隊の隊列が通る。11年前の戦争に敗れた大日本帝国は、名目こそ二大帝国同盟だが、ロシア本国から派遣された統監に事実上支配されている。折しも欧州で続く世界大戦に向けて、日本から露軍の増援に追加派兵が行われようとしている。戦いは膠着状態で泥沼化、死屍累々の戦場に国内では派兵反対の世論が渦巻き、政府内部にも隠れた賛同者がいるようだった。反対集会が近づく中、運河に他殺死体が浮く。単純な殺しと思われていた事件だったが、犯人を捜索する警視庁の刑事は、ロシア治安当局や警察中枢から思いがけない干渉を受ける。

 日露戦争でロシアに敗れた日本(敗因の詳細は書かれていない)、国内の講和反対派を鎮めるため政府に主権があるようふるまうが、実体はロシアの外交方針に逆らえない属国なのである。そういう抑圧下で起こる殺人事件なので『SS-GB』とよく似ている。同じ東京なのに、大正時代でかつロシア支配下という、本来交じり合わなかった世界が描かれる。設定にはメッセージ性も込められる。近過去の時代の殺人事件を書く舞台として、歴史改変された社会は自由度が高く魅力的だろう。リアリティを持たせる手法も含め、歴史改変とミステリとは相性が良いのだ。

 『SS-GB』はBBCのドラマにもなったので有名だが、ナチス占領下を描く作品は多い。日独占領下のアメリカを描くディック『高い城の男』(アマゾン版ドラマは原作とはかなり違う)、それにインスパイアされたピーター・トライアス《USJ》、ファシスト政権下の殺人事件ジョー・ウォルトン《ファージング》、アメリカにファシスト政権ができるフィリップ・ロス『プロット・アゲンスト・アメリカ』などもある。日本でも米ソにより東西に分割された矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん』、日露戦争敗戦で先行する作品では光瀬龍『所は何処、水師営』がある。

 本書は、著者が得意とする警察小説でもある。主人公は旅順攻防戦帰りのPTSDに苦しむ刑事、警官としてあくまでも社会秩序を維持しようとする。暴動を画策する勢力には、(たとえそれが愛国的だとしても)法を侵す以上加担せず、ロシア人保安部隊との協力も惜しまない。さて、派兵騒動で揺れる第1次大戦は1918年に休戦する。しかし、その前年ロシア帝国では数度にわたり革命が発生、最後にソビエト(ボルシェヴィキ政権)が成立する。本書の事件はいったん解決するが、物語の続編は、そういう歴史的な舞台で引き継がれるようだ。他にも、時間SFを(おそらく)含む短編集が予定されている