T・キングフィッシャー『死者を動かすもの』東京創元社

What moves the Dead,2022(永島憲江訳)

装画:河合真維
装幀:岡本洋平(岡本デザイン室)

 T・キングフィッシャーは1977年生まれの米国作家、イラストやコミックで活躍するアーシュラ・ヴァーノンの筆名である。アンドレ・ノートン賞など多数を受賞したヤングアダルト向けの『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』(2020)が、3年前に翻訳されている。本書は、ポーの短編「アッシャー家の崩壊」(1839)のオマージュというか、新解釈作品とでもいえるもの。原著の雰囲気を生かしながらも全く新しい作品にしている。2023年のローカス賞ホラー部門受賞作

 幼なじみの親友からの手紙を受け、退役軍人の主人公は友が住むという館を訪れる。そこは沼の畔に建つ大邸宅だったが、恐ろしいほど荒れ果てていた。出迎えてくれた双子の兄はひどくやつれており、妹は床に伏せっている。館には、他に滞在中のアメリカ人医師がいた。館の周りには奇妙なキノコが生え、熱心に観察する菌類愛好家と称する女性と知り合う。

 ポーの原著は謎が明らかにされないまま終わっているので、そこを補完する物語を書きたかったのだという(著者あとがき)。どういう話になったのかは、書名で見当がつくかもしれない。さらに、東欧か中欧かにある架空の国ガラシアの「宣誓軍人」を主人公に配している。それってなにと思った人は本編を読んでいただきたい(同一主人公の続編も既に書かれている)。キノコの専門家まで出てくるので、ホジスン池澤春菜を連想した人もいるだろう。

 結果として、本書は「怪奇な」ポーとは趣の異なる「ホラーな」作品となった。幽霊や呪いのような超自然現象ではなく、SF的で説明可能な(マニアックな)範疇に収めたところが本書の新たな視点といえる。