シルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』早川書房

Mexican Gothic,2020(青木純子訳)

装幀:柳川貴代(Fragment)、装画:佳嶋

 著者はメキシコ系カナダ作家。5年前にアンソロジー『FUNGI-菌類小説選集』(2012)の編者として紹介があったものの、これは一部でしか話題にならなかった。本書は2021年のローカス賞ホラー長編部門、カナダのオーロラ賞、英国幻想文学賞のベストホラーなどを受賞した著者のベスト長編だ。ベストセラーにもなり、ドラマ化の予定もある

 1950年のメキシコ、主人公はメキシコシティに住む資産家の子女だが、田舎町に嫁いだ従姉から不可解な手紙を受け取る。内容を案じた父親の要望もあり、主人公はハイ・プレイスと称する深山の邸宅へと遠路旅をする。そこはかつて銀鉱山で財を成した英国人による広壮な屋敷だったが、いまは荒れ果てて見る影もなかった。

 霧に包まれた陰気な英国風の建物、家長の老人は生粋の英国系でメスティーソの血を引く主人公に差別的な目を向け、その息子で従姉の夫は美男だったがどこか高慢さを感じさせる。家人や使用人たちは異常に無口、そして一族には謎めいた歴史があった。

 「アメリカン・ゴシック」(絵画→ドラマ)を思わせる表題ながら、本書『メキシカン・ゴシック』は、単純にメキシコを題材にしたホラーではない。オリジナルの設定に加え、さまざまな工夫が凝らされた作品だ。主人公は女性ながら大学で人類学を学び、その傍ら富裕層たちのパーティに入り浸る遊び人。政治に関われない時代(メキシコの婦人参政権は1953年)でもあり、学問は子を産むまでの遊興としか見られていない。女性差別と人種差別、さらに貧富の差が重なり合い、メキシコなのになぜか東欧の城塞のような陰鬱な建物が舞台となっている。この多重構造が読者を飽きさせない。現代の視点で味付けされた正統派ホラーのスタイルながら、ヴァンパイアが出るか/クトゥルーなのか……と思いきやの意外な方向へと変化していく。

 メインとなるアイデアは、日本にもマニアが多いアレである。例の映画とか短編は、著者ももちろん見ているようだ。それでも書きたかったテーマなのである(ネタバレになるのであとは本文で)。