佐々木譲『図書館の子』光文社

装幀:坂野公一(welle design)
装画:影山徹

 一昨年から昨年暮れにかけて小説宝石などに掲載された、6つの作品を収める短編集である。昨年12月に出た『抵抗都市』は明確な歴史改変SFだったが、本書はややソフトなタッチで描かれた時間ものになる。

 遭難者:昭和12年、宿直医のところに、隅田川に落ち意識不明となった患者が送り届けられる。その男は記憶を失っており、名前すら分からないようだった。しかし、自身を旅行者らしいと告げる。
 地下廃駅:昭和35年、中学一年生だった主人公は、友人と二人で上野の防空壕跡から、戦後廃された地下鉄の駅に忍び込む。だが、出たところは見覚えのない、終戦直後の焼け野原となった東京につながっていた。
 図書館の子:母子家庭で育つ小学生の主人公は、仕事が遅くなる母親から市立の図書館で待つように命じられる。図書館は大好きだったけれど、その日は激しい吹雪となり、交通機関が麻痺するほど雪が降り積もる。
 錬金術師の卵:16世紀に作られメディチ家も所有した希少な美術品が、とある私設美術館で招待客だけに密かに公開される。卵の形をしたその品には呪いがかけられているというが。
 追奏ホテル:よく知られたクラシック・ホテルが営業をやめると聞いて、男女二人の愛好家が大連を訪れる。そこは戦前の日本資本が建てた小ぶりのホテルなのだが、85年前に著名なピアニストによるミニコンサートが開かれたようだった。
 傷心列車:日中戦争前夜の満州。大連のダンスホールに勤める女給は、内地からきた男と知り合う。男は二人の仲間とともに何かをしているようだった。一体彼らは何ものなのか。正体を疑ううちに世間には不穏な空気が拡がっていく。

 著者得意の時代設定が取り入れられている。太平洋戦争前、日中事変前後から戦後にかけての日本と中国(旧満州国)が主な舞台である。そこに、遭難したタイムトラベラー、小松左京「御先祖様万歳」的なタイムトンネル、ジャック・フィニイ風の過去との邂逅(精神的なタイムトラベル)、タイムマシン、タイムスリップ、時間改変・時間犯罪と、さまざまなSFネタがちりばめられてる。ただし、明記や説明はされない。SFならそういう解釈もできる、という程度の緩い結びつきなのだ。

 本書はアイデアSFではない分、主人公と時代背景がじっくりと描き込まれている。戦前の風景、東京大空襲の間際、あるいは、戦後の混乱期が物語の中に浮かび上がってくる。この中では最後の「傷心列車」が、時間旅行者と日中戦争が直接絡み合い、よりダイナミックな展開になっている。彼らは通りすがりの旅行者ではなく、積極的に当事者となっていくのだ。