灰谷魚『レモネードに彗星』KADOKAWA

装画:咸鱼中下游
装丁:坂詰佳苗

 表題作は、第9回カクヨムWeb小説コンテスト短編小説部門の特別賞「円城塔賞」の受賞作品である。「「なにか語りえないことを語ろうとしている感覚」を一番強く受けた」と円城塔は記している。この他にもキノ・ブックスの第3回ショートショート大賞を受けた「スカートの揺れ方」など、自身のnoteに発表した作品や書下ろし1編を含む7編を収録。

 かいぶつ が あらわれた(2015)怪物が世界を壊し始めて60日、紀世子が空に浮かび上がり始めてから57日になる。わたしは紀世子と電話して会話する。
 純粋個性批判(2017)周囲すべてをクソと軽蔑し、尊敬できる人物は架空の世界にしかいない。そんな主人公が、唯一気の合う友と作った小冊子が「純粋個性批判」だ。
 宇宙人がいる!(2014)宇宙人を捕まえたと言う旧友の家に行くと、20年前のアイドルの姿をした宇宙人がいる。自在に形を変えられる宇宙人に俺が望んだものは。
 火星と飴玉(2019)キラキラネームを持つクラスメイトにフードコートで出会ってしまった僕は、本人の好きな千人の名前をつぎつぎと聞かされる。
 新しい孤独の様式(書下ろし)27歳になった主人公はバイト先が潰れて失業状態だったが、中高で短期間同級生だった女性と再会し、おかしな要求を受けることになる。
 レモネードに彗星(2023)私が14歳だった頃、叔母は43歳だった。いまは196歳の美しい老婆になっている。私はこの15年間叔母と2人で暮らしている。
 スカートの揺れ方(2014)スカートが脱げなくなった。スカートと一体化してしまったのだ。私は学友に相談を持ちかける。

 表題作の「レモネードに彗星」にしても「スカートの揺れ方」にしても、ショートショートの長さしかなく(後者の方が短い)、基本的に2人の人物のやりとりで話が進む。表題作について円城塔は「謎が提示されているのかどうかも不明で、しかしところどころに現れる単語や一文が、奇妙な説得力を発揮します」とする。設定の説明は特になくオチもないのに、もやもやを残さずにすっきり終わる(ように読める)。説明なしの説得力というのは、著者の感性というより計算なのだろう。

 一方、書き下ろされた「新しい孤独の様式」の方は、主人公の同級生(帰国子女でエキセントリックな性格)、ビデオ屋の老店主(古い映像ソフトだけを扱う)、VR/ARゲームのキャラと、本来独立した3つの物語があり得ない形で結びついていく。最初のエピソードだけならアニメ的な性格付けだが、あとに行くほど、それぞれの登場人物は(ありがちな)予定調和を裏切る行動を見せる。これだけ広げると、並の手腕では収束が難しいだろう。ところが、老店主のスマートグラス→ARキャラ→同級生という謎の展開でも、整合性があるように読めてしまうのだ。主人公があくまでサブで、自由なキャラの不条理さに翻弄される設定が効いているのかもしれない。これは他の作品とも共通する。中短編クラスでも、短い作品で見せた「単語や一文の説得力」に相当する力を発揮できるようだ。