サラ・ピンスカー『いつかどこかにあった場所』竹書房

Lost Places,2023(市田泉訳)

イラスト:カチナズミ
デザイン:坂野公一(welle design)

 サラ・ピンスカーの第2短編集。著者の短編集はすべて(といっても2冊だが)翻訳されている。ここ10年ほどの間で、メジャーな賞の受賞歴が二桁あるという米国の人気作家だ。本書には2021年のヒューゴー/2020年のネビュラ賞中編賞「二つの真実と一つの嘘」、2022年のヒューゴーローカス/2021年のネビュラ賞短編賞「オークの心臓集まるところ」の2作が含まれている(賞によって年度が違う)。まさに注目に値する作品集だろう。

 二つの真実と一つの嘘(2020)旧友の兄が亡くなる。虚言癖の主人公が遺品整理を手伝っていると、でまかせで話したはずのTV番組が実在したことが分る。
 われらの旗はまだそこに(2019)国旗にとっては栄誉のはずだ。急死しても一日の役割は全うして貰わなければいけない。だが担当者は疑問を口にする。
 ぼくはよく、騒音の只中に音楽が聞こえる(2018)ガーシュインやエリントン、アームストロングのブロードウェイ、そこに波紋を投げかける1人の作曲家と俳優がいた。
 宮廷魔術師(2018)手品の才能がある少年が見出され、宮廷魔術師となる。しかし魔法を一つ実現するたびに代償が生じる。
 今日はすべてが休業している(2019)テロ警報が出て、主人公が非正規で勤めていた図書館も閉まってしまう。お金には困るが、近所の子どもたちにスケボーを教え始める。
 センチュリーはそのままにしておいた(2016)ルールを破って飛び込むと、もどってこれない池があった。兄も消えてしまった。
 ケアリング・シーズンズからの脱走(2018)介護ホームとしては万全のはずだったが、経営母体が代わってから怪しくなる。外部との接触を絶たれた主人公は脱出を図る。
 もっといい言い方(2021)サイレント映画のセリフを叫ぶ仕事をする主人公は、新聞記者の代役でフェアバンクスの弓矢事件を目撃する。
 わたしのためにこれを憶えていて(2017)画家はメモ帳を見ないと、自分が何をすべきなのか思い出せない。会った人も、出来事も。
 山々が彼の冠(2016)皇帝の命令で畑が減らされ、何を植えるかも指示されるようになる。それも皇帝の衣装のために。
 オークの心臓集まるところ(2021)英国に伝わる民謡がある。その全20連、あるいは21連のバラッドの解釈を巡ってSNS上で論争が繰り広げられる。
 科学的事実!(書下し)6人の少女たちと指導員2人によるサマーキャンプは、当初の指導員が交替したことで不穏な空気を帯びる。深い森で少女たちが体験したこと。

 含まれている作品は、前作同様さまざまなアンソロジイやウェブマガジンに掲載されたもの。「二つの真実と一つの嘘」はキングみたいな設定なのに(不気味なテレビ司会者が出てくる)ホラーにはならない。一方の「オークの心臓集まるところ」は、SNSのやりとりから真相(らしきもの)に近づいていくサスペンス風のお話。ウェブ上で読んだ方が雰囲気が出る。受賞もそういう点が評価されたと思われる。

 「わたしのためにこれを憶えていて」は『百年の孤独』みたいだが(実在する病気でもある)詩的なまとめ方に妙味があるだろう。「ぼくはよく、騒音の只中に音楽が聞こえる」「もっといい言い方」の舞台は1920年代頃のニューヨーク、著者お気に入りの題材のようだ。「ケアリング・シーズンズからの脱走」はアトウッドを思わせ、「科学的事実!」の結末はなんとも居心地が悪い。この独特の後味がピンスカーなのだ。