【国内篇】(刊行日順:2002年11月-03年10月)
 

平谷美樹『ノルンの永い夢』(早川書房)
 時間をテーマにした長編。岩手在住の新人SF作家が、新人賞を受賞したことをきっかけにして、ありえたはずのない“歴史=記憶”を蘇らせていく。 やがて、彼の周囲に、得体の知れない諜報員たちが出没しはじめる。彼らの目的は何か、そして、そもそも自分は何者なのか
機本伸司『神様のパズル』(角川春樹事務所)
 宇宙論の究極の目的でありながら、実証する手段のない謎。大学の研究室の中、学生たちのディベートを介して物語は進んでいく。このスタイルは小松左京の『継ぐのは誰か』と似ている。ただし、本書の主人公は16歳の(飛び級してきた)天才少女と、何のとりえもない平凡な学生という対照的な組み合わせである
福井晴敏『終戦のローレライ(上下)』(講談社)
 終戦間際、特攻作戦が続く中、一方的な空襲を受け敗色が深まる日本に、1隻の潜水艦が亡命してくる。それはドイツの実験艦で、無敵の索敵装置「ローレライ」を備えているのだという。密かに集められたはみ出しものの乗組員と共に、その潜水艦は伊507と名前を変えて、不可解な任務に出撃していく
冲方丁 『マルドゥック・スクランブル』(早川書房)
 少女は殺されることになっていた。犯人は自分の記憶を消し、犯罪を隠蔽しようとする。辛うじて生き残った少女に、犯罪調査のため委任事件担当官が任命される。法律マルドゥック・スクランブル09は、被害者=告発者を超法規的に防衛するため、非合法な技術を容認する。担当官は、先の戦争で開発された超兵器そのものなのだ
山本弘『神は沈黙せず』(角川書店)
 主人公は幼いころ両親を災害で失う。それ以来、神の存在について強い猜疑心を抱きながら成長する。やがて彼女は、神に憑かれた人々の追跡をはじめる。さまざまなカルトは、何の事実にも基づかない詐欺まがいの存在でしかなかった。しかし、合理的な説明のできない、奇妙な現象が彼女を襲う…

【コメント】
 多様な作品が揃ったので、候補作には困らないが選ぶのは大変。Jコレクションからは時間ものの力作である平谷美樹、宇宙論を扱った機本伸司、パワフルなガンダム/ヤマト風戦記でベストセラーにもなった福井晴敏、強烈なメッセージを伝える冲方丁は文句のないところ、最後の山本弘は、やや饒舌ながら“超常現象解釈SF”の決定版といえる。次点には、やたら面白い古川日出男『サウンドトラック』(集英社)、さまざまな既存のSF要素を融合したキメラのような田中啓文『忘却の船に流れは光』、ヤングアダルト特有のウィットに満ちたプロジェクトSF、小川一水『第六大陸』を挙げたい。


【海外篇】(刊行日順:2002年11月-03年10月)

スティーヴン・バクスター『真空ダイヤグラム』(早川書房)
 お話は1万年後から始まり、400万年後のエピソードで終わる。真空ダイヤグラムとは、無から生まれて無へと還る素粒子の世界を象徴する言葉(無から有ではなく、無から無)。アイデアは文字通り桁違いにスケールアップされている。重力定数10億倍世界(『天の筏』)―中性子星世界(『フラックス』)―4次元球世界と、描写の主体は世界に展開される
シオドア・スタージョン『海を失った男』(晶文社)
  短編の多くは入手困難なスタージョン待望の傑作選。その本領はむしろ短編なのだから、貴重な新訳といえる。過去、SFの範疇でしか許容されなかったスタージョンだが、分類不能という意味では、ラファティと並ぶ位置付けだろう。わが国でも、最近ラファティ『地球礁』 が出たように、その不可能性が、むしろ新しさと再認識されるようになってきた…

グレッグ・イーガン『しあわせの理由』(早川書房)
 不治の病に冒され、死につつあるというのに少年は幸せだった。何もかもが肯定的、あらゆるものが楽天的に感じられる。彼の脳内で育ちつつある癌が、ある種のエンドルフィンを分泌するのだ。それは、人に究極の幸福感を与えてくれる…。『祈りの海』に続く、山岸真によるオリジナル短編集の第2弾。今回は9編を収録する

テッド・チャン『あなたの人生の物語』(早川書房)
  アイデアの作家ではあるが、チャンの場合アイデアはあくまでも物語の一面にすぎない。たとえば表題作は、異星人とのコミュニケーションと、主人公の娘の一生(なぜ、主人公が娘に向かって二人称で語りかけているのかが肝要)が、異星の文字(事象を1語で認識できる)を交点にして焦点を結ぶ…
デイヴィッド・イーリイ『ヨット・クラブ』(晶文社)
 イーリイは1927年生まれで現役作家だが、著作はわずか9冊。最新作は92年の近未来もの長編だった。短編作家とはいえ、短編集も本書(第1短編集)を含めて2冊のみ。ただし、その中身はSFやホラー、ファンタジイ、ミステリを混在させた、ちょっと変わった都会小説であり、異色作家にふさわしいものといえる

【コメント】
 すべてが短編集、しかも2篇は日本オリジナルという異例のベストになる。スタージョンとイーリイは収録作の半分以上がSF以外の短編だが、昔ながらの異色作家なので、SF/ミステリ/翻訳小説の何れのファンが読んでも違和感はないだろう。バクスターはアイデアの奇想性から、もともと1冊の短編集の後半部分を選んだ。また、ファンタジーながら本年度のヒューゴー賞(ノヴェラ部門)を受賞したニール・ゲイマン『コラライン』(角川書店)、ノンフィクションではJ・リチャード・ゴット『時間旅行者のための基礎知識』(草思社)と、エッセイ集『J・G・バラードの千年王国ユーザーズ・ガイド』(白揚社)も注目。
 

 

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