【国内篇】(刊行日順:2005年11月-06年10月)
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宇月原晴明『安徳天皇漂海記』(中央公論新社) 本書は、織田信長―豊臣秀次―松永久秀と続く、戦国3部作からおよそ300年遡った鎌倉時代が舞台。源氏の血を引く時の将軍・源実朝は、執権・北条義時に政治権力を握られ、詩作に耽るだけの無為な生活を送っていた。そこに幻術を操る奇怪な集団が現われる。しかも、彼らは壇ノ浦に沈んだ幼い天皇安徳帝を守り続けていると称する… |
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藤崎慎吾『レフト・アローン』(早川書房) 「レフト・アローン」は「宇宙塵」(「SFマガジン」に転載)に掲載された著者の処女短編であると同時に、「SFが読みたい!2000年版」でベストに選ばれた『クリスタル・サイレンス』(1999)に連なる作品だ。著者は科学ジャーナリストではあるが、本書の作品が過度にハードSFというわけではない。小さなアイデア(猫の視ているものが人にも見えたら、隕石の記憶が感じ取れたらなどなど)がリニアに展開され、読みやすく分かりやすいものとなっている… |
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平谷美樹『銀の弦』(中央公論新社) 主人公は東京の新聞記者。フライフィッシングのため休暇で訪れた岩手の渓流で、岩から突き出した手首を見つける。まるで岩と融合したように見える手は、釣の同行者のものとそっくりだった。しかし、本人は生存している。やがて、もう一人の主人公の存在が明らかになる。もう一人とは何者か、死を呼ぶ不吉なドッペルゲンガーなのか… |
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眉村卓『新・異世界分岐点』(出版芸術社) 1989年に出た『異世界分岐点』から6編中3編を残し、新作3編を加えた新版である。同一テーマで、このような編み方をする例はあまりないだろう。17年を経て、新規に加わった作品と昔の作品との対比がより印象的になっている… |
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飛浩隆『ラギッド・ガール』(早川書房) 著者によると、「ラギッド・ガール」は2つの視点を持つ物語だという。1つは醜い女阿形(アガタ)、もう1つは安奈カスキ。そしてまた「ラギッド」(ざらざら/ごつごつ)はこの物語全体を象徴する単語であるという。本作はジェイムズ・ティプトリー「接続された女」(1973)をちょうど逆転させた物語でもある… |
【コメント】
今年は、70歳を越える“老人世代”のベテラン作家たちが、相次いで長編を発表した。筒井康隆『銀齢の果て』、小松左京『日本沈没』/『SF魂』、眉村卓『いいかげんワールド』等で、何れも従来の作品とは一味が違うものだ。その中から、新旧の時代を際立たせる『新・異世界分岐点』を選んだ。また、次点に中堅作家、林譲治『ストリンガーの沈黙』、田中哲弥『ミションスクール』などが入る。
【海外篇】(刊行日順:2005年11月-06年10月)
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アーシュラ・K・ル=グウィン『なつかしく謎めいて』(河出書房新社) もしあなたが空港で飛行機の遅発/延着を経験したなら、その“空き時間”を使って異次元に旅することができる! この画期的な「シータ・ドゥリープ式次元間移動法」が発明されて以来、無数の異次元世界が知られるようになった。その中から、16のエピソード(次元移動法の発明と15の次元)が本書の中で物語られる… |
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ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』(国書刊行会) ウルフのオリジナル作品集である。一昨年出た『ケルベロス第五の首』(1972)は連作中篇集だった。本書の場合は有名な「島医者もの」をメインに、2編を加えたベスト選集となっている。これは、death/island/doctorという3つの単語を順列に組み合わせ、それを題名とするお話を作ってしまうという、ジーン・ウルフ流の洒落なのだが、出来上がったお話が互いに関連を持ち合い、非常に複雑な造りとなっているのが特徴だ… |
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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(早川書房) |
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ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』(早川書房) AIの急激な進化に起因する“強制昇天”により、人類の多数が失われる。それから300年が過ぎ、生き残った人類は、宇宙の農夫アメリカ・オフライン(AO)、ストイックなインド・中国・日本文明から成る啓蒙騎士団(KE)、主体思想を信奉する共産主義者(DK)、星間をつなぐワームホール・ゲートの商人カーライル一族に別れて、互いを牽制しあいながら勢力を伸ばしていた。そこに、孤立した人類文明が再発見される… |
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浅倉久志編訳『グラックの卵』(国書刊行会) 浅倉久志による日本オリジナルの短編集で、テーマは“ユーモア”である。編者にとって、ユーモアは特別な意味を持つテーマだろう。『ユーモア・スケッチ傑作展』(1978〜83)をはじめ、ハヤカワ文庫で3冊のアンソロジイを編んでいるほか、SFでは講談社から『ユーモアSF傑作選』(1980)を2冊出している。ミステリ風、ホラー風、SF風と別れるものの、何れもジャンルを超えた奇妙で、どこか哀切さを感じさせる作品が収められている。という意味では、いわゆる“バカSF”とちょっと異なる風合いなのである… |
【コメント】
またまたながら、短編集が多い。選んだ作品の他でも若島正編『ベータ2のバラッド』、スワンウィック『グリュフォンの卵』などがあり、昨年よりプロパーSFが増えている。ゲド戦記騒動で、今年はル=グウインの翻訳も増えた。中ではあまり話題にならなかったが『なつかしく…』が切れの良いオムニバス風短編集で秀作。一方、既に定評を得た『わたしを…』のストイックな展開は、SFファンにとっても新鮮に読める。