表題作は、週刊新潮に2019年12月から2020年1月末まで連載された中編小説だ。これを含む4作品を収めた中短篇集である。将棋から始まり、小説や絵画などの芸術作品を創造するAIが背景にあり、対峙する当事者(研究者や編集者)を描いている点が共通している。
負ける(2018)人工知能学会が開発したロボットアーム《片腕》を持つ将棋AI《舵星》は、勝つためだけでなく負けることが目標に掲げられていた。144C(2017)新人編集者は、職場のメンターからAIの書いた小説を読むよう求められる。きみに読む物語(2013)エンパシーの指数EQから派生したシンパシー指数SQは、小説のレベルを評価する指標として爆発的に広まる。ポロック生命体(2020)亡くなった画家の新作がAIにより蘇る。しかしその作品は、かつての画家の全盛期すら凌駕するように思われた。
登場人物の関係は複雑である。「負ける」の主人公は、将棋を知らないアーム開発者。人工知能研究のリーダーが急逝し、引き継いだ天才肌の変わり者の弟や、その姉である将棋棋士と協力して開発を行う。「ポロック生命体」では亡くなった作家の息子が高度なAIを開発する。画家の娘はその研究者に反感を抱いており、主人公の女性研究者は娘の友人という設定だ。主人公は、同僚とともにAIが生成した作品の秘密を解明していく。それに対して「144C」 (この表題はone for foreseeの意味だろうか) 「きみに読む物語」では、主人公はAIが小説を書くのが当たり前になった時代の編集者である。
AIによるゲーム/創作という面に絞られているためか、メッセージ性が鮮明に表れている。将棋のようなゲームでは、勝ちとは対極の要素「負け」が必要だと述べられるし、AIに対して人間が書くとはどういうことか、小説をエンパシー、シンパシーなどの数値で評価する意味とは何か、作品を持続的に向上させる「命」とは何かなど、繰り返し人の感性とAIとの関係が論じられるのだ。
本書の主人公は、AI開発者そのものではない。一歩離れた位置に立つ研究者や、編集者だったりする。もっとも影響を受けるはずの作家は、間接的にしか現れない。その代わり、著者の分身のような作家の存在が見え隠れる。人工知能で文学賞がとれるかというアイデアの提唱者、既存ファンと相容れなかったSFファンタジー協会会長、サイエンスコミュニケーションのあり方に疑問を持つ作家などだ。本来であればリーダーシップをとるべき存在なのだが、彼らは何れも一線から身を引いて、背後から物語を見守っているのだ。