台湾、中国本土を含む17人の作品を収めた、立原透耶編のアンソロジイである。中国語からの翻訳紹介で実績のある編者が、日本読者のためにまとめた現代中華圏SFを網羅する470ページ余に及ぶ大部のハードカバーだ。任冬梅(中国社会科学院の研究者)による詳細な解説付き。
江波(1978生)太陽に別れを告げる日(2016)深宇宙での訓練を終えた最終日に、彼らが学んだ母船が失われる。宇宙に取り残された訓練生たちは決断を迫られる。
何夕(1971)異域(1999)地球の食糧危機を一気に解決した農場で、生産停止の異常事態が発生する。原因を探るため、巨大化した作物が茂る農場に特殊部隊が潜入する。
糖匪(1978)鯨座を見た人(2015)宇宙飛行士となった女の父親は大道芸人だった。しかし、生前評価されなかった父親には、不思議な能力があった。
昼温(1995)沈黙の音節(2017)幼い頃から顎に障害のあった主人公は、音響研究所での研究から、やがて未知の音節の存在を知ることとなる。
陸秋槎(1988)「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」(2019)19世紀から20世紀にかけて、オーストリア、ドイツで活動したあるSF作家の不思議な生涯。
陳楸帆(1981)勝利のV(2016)オリンピックが仮想空間で行われることになった。主催者は電脳空間上にオリンポス山を造り会場とする。
王晋康(1948)七重のSHELL(1997)人を完全にヴァーチャル世界に移行させるスーツSHELLを着ると、現実とヴァーチャルの区別は失われる。
黄海(1943)宇宙八景瘋者戯(2016)火星の衛星を改造した宇宙船が行方不明になる。宇宙センターはマイクロ宇宙船による救出を画策する。
梁清散(1982)済南の大凧(2018)百年前の爆発事故を調べていた主人公は、19世紀末から名前が残るある技術者の存在を知る。技術者は有人の大凧を造っていた。
凌晨(1971)プラチナの結婚指輪(2007)ダイアモンドを加工する会社に勤める男は、両親の希望を受け、星際婚姻仲介センターの紹介で異星の花嫁を迎えることにする。
双翅目(1987)超過出産ゲリラ(2017)チョウチンクラゲに似たエイリアンたちは異常に殖え、難民となって街に溢れた。
韓松(1965)地下鉄の驚くべき変容(2003)通勤客で満員の地下鉄が止まらない。駅も見えず、目的地を失ったまま疾走を続ける。やがて乗客たちは変容を始める。
吴霜(1986)人骨笛(2017)主人公は物理学者の実験で時間旅行するが、目的地はいつも五胡十六国時代だった。
潘海天(1975)餓塔(2003)シャトルが不時着し、生存者たちは宗教団体の入植地を目指す。しかしそこは無人で、得体の知れない塔があるばかりだった。
飛氘(1983)ものがたるロボット(2005)王の求めに応じて造られた物語ロボットは、だれも聞いたことのないお話を創造しひたすら語り続けた。
靚霊(1992)落言(2018)宇宙船が立ち寄った落言星には、ほとんど動きを見せない落言人たちがいた。惑星は冷たく、彼らが何を食べて生きているかは不明だった。
滕野(1994)時のきざはし(2017)漢帝国の皇帝のもとを訪れた女の要求は、その功績に反して理解し難いものだった。なぜそんなことを希望するのか。
作者の生年と作品の発表年を併記した。生年だけを見ても、1940年代2人(このうち黄海は台湾作家)、60年代(劉慈欣の世代)1人、70年代5人、80年代6人、90年代(SFマガジンが提唱する第7世代に相当する)3人と、中国現代SFの全世代を網羅しておりバランスが良い。また、6名は女性である。
テーマ的には「太陽に別れを告げる日」を初めとする宇宙ものが多く、また清朝末期を描く「済南の大凧」、標題作「時のきざはし」のように中国の歴史に時間旅行者をからめた、日本にはないタイプの作品が印象に残る。トラディショナルなアイデアSF「沈黙の音節」、寓話風の「ものがたるロボット」、スラップステックな不条理SF「地下鉄の驚くべき変容」(ラファティ風?)、風刺の効いた「勝利のV」など、編者の意図通り多様に読める点が面白い。
作品によっては、長すぎるあるいは短すぎる(説明不足)と感じる部分もあるが、バックグラウンド(常識、SFに対する理解)の差もあるので、中国読者の受け止め方と差異が生じるのは不思議ではない。作者自身の未来(宇宙)、または過去(中国の歴史)に対する視線も注目すべき点だろう。