『Genesis されど星は流れる』東京創元社

装画:カシワイ
装幀:小柳萌加・長﨑綾(next door design)

 東京創元社が、およそ半年刊で出す全編書下ろしの《Genesis 創元日本SFアンソロジー》の第3集。今号から《年刊日本SF傑作選》が担ってきた、創元SF短編賞の発表と受賞作掲載も兼ねたものとなっている。

 宮澤伊織「エレファントな宇宙」戦争サイボーグ部隊と、憑依体である危険な超能力少女2名は、アフリカのコンゴに降り立つ。そこに新たなモンスターが現われたのだ。「神々の歩法」に始まるシリーズ第3弾。
 空木春宵「メタモルフォシスの龍」女が蛇に、男が蛙に変化してしまう病が蔓延し、既存の社会は失われる。しかし最終形態までには段階があり、半ば蛇となった女と、人間の姿を残した主人公は不安定な同居生活を送っている。
 オキシタケヒコ「止まり木の暖簾」人類で唯一成功した星間行商人の女は、大阪育ちのアメリカ人だった。その成功の秘密の裏には、大阪時代に働いていた小さな大衆食堂での経験があった。《通商網》シリーズの前日譚。
 松崎有理「数学ぎらいの女子高生が異世界にきたら危険人物あつかいです」数学が苦手で暗記で乗り切ってきた主人公だったが、進学校では通用しない。欠点を取った日、絶望のあまり数学がない世界を願ったとたん、望んだとおりの異世界に転生してしまう。
 堀 晃「循環」大阪の淀川と大川を分ける水門、毛馬閘門を眺めながら主人公は自身の半生を振り返る。自分が興した会社を畳むにあたり、気になることがあったのだ。それはこの近辺にかつてあった、廃工場で見つけた小さな部品だった。
 宮西建礼「されど星は流れる」春から入部した新一年生と合わせても、二人だけしかいない天文同好会、主人公は部長である。感染症による臨時休校の中、熱心な後輩の希望で始めた、ビデオカメラを使った流星の同時観測は思わぬ反響を呼ぶ。
 折輝真透「蒼の上海」第11回創元SF短編賞受賞作。地上は蒼類と呼ばれる植物生命に覆い尽くされている。人類は辛うじて海底都市で生きながらえていたが、あるミッションのために、6名のエージェントがかつての上海に送り込まれる。

 これ以外に池澤春菜、下山吉光による、アマゾンAudibleなどでの小説朗読についての対談を収める。英米では一般的だが、日本ではこれからの分野。アブリッジやドラマ化などと違って文章をありのままに読み上げるなかで、いかに原作の雰囲気を伝えるかが肝要ということである。

 宮澤伊織、オキシタケヒコはそれぞれの人気シリーズから、空木春宵は古典的な怪談を思わせる独自の語り口で書かれた一編だ。松崎有理は、著者得意の論理の展開によって数学ぎらいを図解したような作品。堀晃は半自伝的な作品で、どこまでがファクト(著者がブログでタイムマシンの会社と書いていたところ)でどこからフィクションなのか、まったく分からない絶妙な構成だ。結末では、本作がSFであるかどうかまでが相対化されている。宮西健礼は天文同好会を舞台にした、リモート(直接出会えない)青春小説。評者の時代も天文部はあまり人気がなかったが、今でもなのか。

 さて新人賞の受賞者である折輝真透(おりてるまとう)は、昨年の第9回アガサ・クリスティ賞の他、第4回ジャンプホラー小説大賞なども受賞している。新人賞がプロアマを問わなくなり、(他賞の)既受賞者でも問題なくなってからは、複数に投稿・受賞する作家が目立つように思う(アガサ賞のもう一人の受賞者もそうだ)。そういう受賞者は(事情はさまざまだが)、既にポテンシャルの高さが保証されている。本作も「スピーディーな展開、場面転換も鮮やかで、一気に読ませる力がある」堀晃、「わくわくする要素が多く、(中略)制約・足枷がうまく働き、珊瑚「アマノリス」の採取ミッションを面白く読むことができた」宮内悠介、「タイムリミットが導入されていることで娯楽性が増し、さらに結末では終末SFらしい美しさが醸し出される」編集部と、審査員全員一致での受賞である。とはいえ、講評の中にもあったが、この内容は素材的に長編向きだろう。既にミステリ、ホラー長編を書いている著者なので、SF長編にも期待したい。