2018年8月から2019年4月(第一部)、2019年8月から2020年8月(第二部) と、ほぼ2年間で書下ろされた著者渾身のミリタリーSFである。軍事アクション主体の派手なジャンルにしては、地味な「兵站」を標題に据えたのがポイントだろう。
(以下大きなネタバレはありませんが、物語を説明する上で必要なキーワードは含まれます。未読の方は注意)。
《星系出雲の兵站》
惑星出雲を中心とする5つの星系で、人類はそれぞれ文明を築き繁栄していた。その祖先は、4000年前に1000光年離れた地球から播種船に乗ってきたと伝えられるが、故郷がどの星系にあるのかさえ、もはや定かではない。
人類世界の一つ壱岐星系で、異星人の作った無人衛星が発見される。そもそも播種船の根源的な目的は、異星人の侵略に備えることだった。そのため人類世界は、星系の自治権を超越する宇宙軍、コンソーシアム艦隊を保持している。だが、艦隊の派遣は現地政府の疑心暗鬼を産む。折しも厚い氷の下に海を持つ準惑星天涯で、未知の異星人ガイナスとの局地戦が勃発する。
勝利もつかの間、天涯は再びガイナスのものとなり、奪還作戦が策定される。しかし、強大なコンソーシアム艦隊を賄うには、兵站の中枢を担う惑星壱岐の生産体制は脆弱すぎた。
天涯奪還は失敗し、艦隊の司令長官と兵站監が責任を取る。部隊は再編され、新たな指揮官の下、新兵器を投入しての作戦が決行される。ガイナスの行動は不可解で、毎回異なる反応をしてきた。
天涯の地下に潜むガイナスはさらに謎を呼ぶ。天涯から運び出されていた大量の氷は、未知の拠点で宇宙船の燃料になると思われた。やがて、これまでをはるかに凌ぐ大艦隊と決戦の時が迫る。
《星系出雲の兵站-遠征-》
人類は、播種船の時代にはなかったAFDと呼ばれるワープ航法の技術を獲得している。ただし、AFDには目的地の正確な座標が必要で、無人の航路啓開船が亜光速で飛行して新たな目的地を開拓する。過去に送られた一隻の船から、敷島星系に文明ありとの報告が届いていた。これこそガイナスの母星かも知れない。
一方、艦隊が封鎖したガイナスの拠点で、コミュニケーションを図る試みも行われていた。反射行動の段階から始まったガイナスは、数を増し集合知性となったことで反応を変えてくるのだろうか。
敷島星系にはガイナスを思わせる文明があったが、繁栄しているとはいえない。なぜそうなのか。さらに、無関係と思われていた出雲の宇宙遺物から、人類史を揺るがす真相が浮かび上がってくる。
ガイナス母星で行われた無人探査によって、その奇妙な生態系の秘密が明かされる。さらに星系内で見つかる遺物との関連、壱岐星系ガイナス最後の拠点で出会う存在が語ることとは何か。
特権階級出身ながら改革派の壱岐執政官タオ、コンソーシアム艦隊で異例の出世を遂げる水神、同期で兵站担当の火伏、白兵戦で功績を上げ降下猟兵(海兵隊のような部隊)の頂点を極めるシャロン、異星人とのコミュニケーションを担当する科学者司令官烏丸などなど、登場人物は各巻ごとに彩り豊かに現われる。前半はタオや水神、後半は烏丸、全般を通してシャロンが印象的だ。
兵站(ロジスティクス)とは戦争を支えるサプライチェーンであり、これが杜撰では戦争は持続できない(これは敵味方同様で、本書では両者とも描かれている)。宇宙戦争ともなると、支えるための生産拠点と資材の供給網は惑星規模で必要になる。最前線の惑星壱岐は出雲に次ぐ星系だが、そこでは富裕層が既得権益を独占し、生産合理化など主導権の変化に抵抗する。一方、前線から遠い他の星系にとっては、コンソーシアム艦隊強大化の方が異星人より脅威だ。架空戦記を手がける著者ならではのリアルな設定が、本書のバックボーンを支えている。
異星人ガイナスもユニークな存在だ。最初に接触した際は戦い方を知らない機械のような存在で、一方的に殺されるばかりだったのが次第に戦術を学習していく。集合知性らしくいくつもの進化の階梯を持ち、その段階ごとにふるまいが変わる。このメカニズムだけで、本格ハードSF数本分のアイデアがある。結末で一応の決着がつくものの、まだいくつか物語を創り出せそうだ。
それにしても本書の人類は、ある種の狂信者を祖先に持つ人々といえる。もしかすると『三体』を読んで強迫観念を持ったのかも。