マーガレット・アトウッド『誓願』早川書房

The Testaments,2019(鴻巣友季子訳)

装画:Noma Bar
装幀:早川書房デザイン室

 『侍女の物語』(1985)から34年ぶり(翻訳版では30年ぶり)に書かれた続編である。『侍女の物語』はHuluで2017年にドラマ化されエミー賞を受賞(第1シーズン)するなど高く評価された。その制作に著者自身が携わったこと、及び社会情勢の変化をトリガにして本作は書かれたという。2019年のブッカー賞受賞作でもある。

 前作から15年後、ギレアデ共和国の裏で暗躍する小母の一人は、熾烈な主導権争いの合間に一冊の手記を記している。そこには、この国を転覆しかねない隠匿された事実が書かれている。一方、有力な司令官の娘は共和国の良き妻になるための学校に通う。ただ自分の結婚の行方には不安を感じている。共和国の外、カナダにもう一人の娘がいた。不自由なく奔放に育つが、不幸な事件を経て両親の秘密を知ることになる。

 本書には3つの視点がある。一人は前作にも登場したリディア小母。今回はその小母の一人称で、共和国内部の状況が描かれる。公式な文書ではないため、感情表現が赤裸々であり、恐怖に満ちたギレアデ誕生期にも言及がある。上流階級の娘アグネスの視点では、下女・女中に相当する〈マーサ〉たちに囲まれた日常生活と、やがて〈妻〉になって決められた夫に嫁ぐ社会の仕組みが語られる。16歳の少女デイジーは外からの視点だ。女性を国外に脱出させるための地下鉄道(闇の逃走ルート)や、秘密組織〈メーデー〉の存在が明らかにされる。このような形で、ギレアデの支配する国家(旧アメリカの中・東部)に立体的なリアリティが与えられるのだ。

 35年前に書かれた『侍女の物語』では、徹底したディストピア社会が描かれていた。閉塞的で救いがなく厳格なギレアデ体制に抗する術もない、という暗い作品だ。この作品は1990年に一度映画化されているが「奇想天外な」SFホラー映画の扱いだった。当時は現実的な問題と捉えられなかったのだろう。しかし、2016年にトランプ政権が誕生すると、本書のデフォルメされたキリスト教原理主義の社会が、絶対に生まれないとは言えなくなった。作者は「歴史上や現実社会に存在しなかったものは一つも書いたことがない」という。本書の設定は、世界のどこかで行われた事実の組み合わせなのである。

 続編である本書には希望が描かれる。ギレアデは矛盾と腐敗を抱え、遠くない将来に瓦解するだろうと示唆される。破壊の原動力となるのは、本書に描かれた女性たちだ。正編のエピローグでは、百数十年後にカセットテープが発掘され〈侍女〉の日常が明らかになる。続編のエピローグはそれから2年後に、今度は〈小母〉の手記が発見されることになる。2つのお話は、そのようにしてリンクしていくのだ。