1993年生まれの著者のデビュー作で、韓国内17万部を売り上げたというベストセラーである。人口が日本の半分ほどの韓国では、小説で1万部が売れればヒットらしいので、異例の注目作と言えるだろう。昨年チョン・ソヨン『となりのヨンヒさん』を紹介したが、本書も7編を収録する短編集だ。
巡礼者たちはなぜ帰らない:遠い星に築かれたに村では、18歳の大人になると巡礼者として「始まりの地」へ旅する儀式があった。しかし、帰還するのは半数だけだ。向こうでは何が起こっているのだろうか。
スペクトラム:祖母は宇宙探査船の乗組員だった。ワープ航法の事故で亡くなったものと思われていた。ところが、40年後に宇宙を漂流しているのを発見される。そして異星人と接触したと話すのだが。
共生仮説:その画家は見たことのない風景を描いたが、不思議なことに誰もが懐かしさを感じた。やがて、その光景は既に消滅した異星のものだと分かってくる。だが、なぜ懐かしさにつながるのかは不明だった。
わたしたちが光の速さで進めないなら:廃棄された宇宙ステーションで、来るはずのない連絡船を待ち続ける老人がいた。係員はその老人と話すうちに、過去に起こった技術開発史での皮肉なできごとを知ることになる。
感情の物性:小さな石のような物体に「感情」を封じ込めたアイテムが、爆発的に流行する。主人公は自分の恋人までがそれに溺れるのを見て疑念を抱く。
館内紛失:妊娠中で精神的に参っていた主人公は、死んで図書館にアップロードされた母と話そうとする。母とは不和で家を出て以来、話したことはない。ところが、母のデータは館内紛失状態なのだという。
わたしのスペースヒーローについて:主人公は過酷な訓練を経て、宇宙飛行士になろうとしている。幼い頃から母親同然と慕う先任飛行士を、自分の目指すヒーローだと思ってきた。そのパイロットは事故で亡くなったはずだった。
見かけから体質までを遺伝子操作すること、人とは全く異なる知覚手段で認知が行われること、他者の精神が体の中にあるとしたら、時代に取り残された科学者の悲哀、感情が外部に取り出せたら、失われた母親と母親になろうとする自分、逆境を跳ね返したヒーローの秘密と、不安を抱えつつもソフトな語り口で未来を指向する主人公たちが印象的だ。
私見ながら、世界中で日本と最も近い国というと、おそらく韓国だろう。物理的距離だけでなく、町並みや人々の雰囲気がよく似ている。しかし、日本よりもさまざまな面で未来にある。大学進学率が7割を超える(日本は5割)厳しい競争社会で、そのため少子化が進み(出生率1.05、日本が1.43)自殺者も多い。女性の社会的地位や差別はより厳しい。主人公たち(多くは女性)の葛藤には、そういう背景があるように思える。
昨年から韓国ではSFがブームになっており、「今日のSF(오늘의sf)」(現在2号まで出ている)などのSF専門誌の創刊や旧作の復刊などが相次いでいるという。また『82年生まれ、キム・ジヨン』に代表されるフェミニズムとの融和性も指摘されている(「現実を転覆させる文学」文藝2020年冬季号)。
今年出た英訳版が絶賛されている村田沙耶香『地球星人』(Earthlings)とか、藤野可織『来世の記憶』など、外観はSFながら、これらは必ずしも奇想アイデアをメインに据えた作品ではない。ジェンダーや人種・社会階層・民族差別、貧富の差、LGBTなどのマイノリティーへの共感など、社会問題が関わっている。アレゴリーというより、もっと直截的にメッセージを届ける道具としてSFが使われているわけだ。本書も同様だが、ジャンル小説内にとどまらない、ほぼ世界同時に進む現代文学の潮流と言って良いだろう。