メアリ・ロビネット・コワル『火星へ(上下)』早川書房

The Fated Sky,2018(酒井昭伸訳)

カバーイラスト:加藤直之
カバーデザイン:岩郷重力

 昨年8月に翻訳が出た『宇宙へ』の続編。原著は正続とも2018年に出ているため、賞を総なめした正編に比べると本書は評価に恵まれなかった。とはいえ、内容的には前作に劣らない面白さといえる。

 最初の女性宇宙飛行士〈レディ・アストロノート〉で知られる主人公だったが、現在の任務は月コロニーと地球とを結ぶ小型往還機の副操縦手という面白みのないものだった。一方、国連主導による宇宙開発は火星コロニー建設まで進んだものの、最大の資金拠出国のアメリカで予算削減の動きが起こる。宇宙開発を維持するためには、何か派手な宣伝活動、演出が必要だった。

 前作からおよそ10年後1961年の物語である。主人公は紆余曲折を経たあと、最初の有人火星着陸船チームの一員となる。貨物船を従えた有人船2機にチームの14名が分乗するのだ。コンピュータは力不足でまだまだ操船の自動化はできず、航行には天測(六分儀を使う!)と手計算が欠かせない。チームは国際協調を謳うために、黒人や女性を含む諸外国の乗員がいたが、南アフリカ人(アパルトヘイト政策下の白人男性)は黒人差別を隠そうともしない。役割分担も不公平だった。その上、主人公は大戦中から知り合いの船長を毛嫌いしている。いかにも何かが起こりそうでしょう?

 本書の注目ポイントは、問題だらけの設定で起きるさまざまな危機だ。半世紀前の価値観だけでなく、現在でも続くジェンダーや肌の色、LGBTQの差別までが織り込まれている。小さな集団なので、どれもが任務を脅かす恐れがある。それらを組み合わせ、トラブルの1つが解決すると別の1つがほころびるという、連続ドラマ的(「フォー・オール・マンカインド」的)な波瀾万丈さをドライブしているのは著者の巧さだろう。