2020年の第8回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を獲得した、竹田人造による受賞後初の書下ろし長編である。優秀賞作品では、ヤクザ+ハッカーがいかにAI現金輸送車やカジノを騙すかだったが、本書ではイケメン(理由がある)弁護士+ハッカーがいかにAI裁判官を騙すかが描かれる。
舞台は近未来の日本。「誤解なく、偏見なく、正義を正確に執行する」としてAI裁判官制度が導入される。そんな司法制度大変革の渦中で、主人公は魔法使いと呼ばれる特殊な存在になった。何しろ、明らかに負けると思われる裁判を片端から覆す不敗の弁護士なのだ。
物語は4つのCaseに別れている。その一つ一つに新たな登場人物が現われる。重要容疑者で犯人に間違いないと疑われる直感的天才(見かけは頼りない青年)、AI制御の義足に絡む人身事故で故意に不具合を混入させたとされる科学者(一見だらしなく無気力)、そして、主人公の旧友はライバルの検察官として弁護士の前に立ち塞がる。千手観音みたいな悪役も出てきて、前作よりキャラはかなり派手になっている(リアリティはあえて捨て、コミカルさを強調している)。独立したエピソードが並列に置かれたあと、伏線を最終章で一気に解明するスタイルも、前作と同じながらブラッシュアップされている。
本書は意志を持ったAIと人間が「直接対決」する法廷サスペンスではない。この時代のAIが、現状より大きく進歩しているようには描かれないからだ。要するに超多次元のパターン認識マシンなので、われわれが空想するような超越的意志は持ち得ない。しかも、セキュリティ上の課題すらある。デフォルメされてはいるが、いま行われているシステム対ハッカーの攻防を近未来に投影したものなのだ。
主人公は独特のパラメータを駆使して裁判官を攪乱しつつ、証拠を固めるために直感的な天才青年や、敵なのか味方なのかも分からない科学者らの助けを借りる。隠された事件や動機も出てきて、その人間ドラマが読ませどころだろう。サブキャラが主人公を抑えて一人称で語り出すなど、ちょっと暴走気味だが、著者のエンタメの才能が存分に発揮された作品といえる。
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