宝樹『三体X 観想之宙』早川書房

三体X 观想之宙,2011(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳)

装画:吉安健一郎
装幀:早川書房デザイン室

 執筆当時はファンだった著者による、(劉慈欣公認)公式《三体》スピンオフ外伝。オリジナルの第3部『死神永生』(本書巻末にも要約がある)で明らかにされなかったさまざまな謎と、さらにスケールアップした宇宙の秘密が描き出される。

 第1部では、デスラインが広がりそこに程心らが飲み込まれたあと、プラネット・ブルーで生きる雲天明が、艾AAに三体文明に囚われた間に自分が行った裏切りを語るところからはじまる。三体人が人類にもたらした欺瞞の背後に自分がいたというのだ。さらに光明の〈霊〉との接触が語られる。第2部では雲天明が〈霊〉からの命を受け、捜索者として次元を縮退させる潜伏者の探索に乗り出す。最初に訪れたのは時の外にある小宇宙#647だった。

 もともとファン・フィクションなので、原典に準拠しながらも、そこで明らかにされなかった事件の背景や、その後日譚が書かれている。偶然めいたできごとが実は必然だったと知らされ、登場人物たちの運命が新たに描き直されるわけだ。

 しかし、本書の場合、その先のボスキャラ=統治者(マスター)が登場するのが面白い。〈霊〉と聞くと宗教的スピリチュアル系かと思ってしまうが、『幼年期の終わり』とか『スターメイカー』風のSF的な知性の上位概念なのである。

 ボスキャラの存在はオリジナルでも匂わされてはいた。本書を読めば(一つの解釈ながら)より明瞭になるだろう。全編を通じて物語というより説明に終始する感はあるものの、読み手を退屈させない手腕は、著者がデビュー前から備える確かな才能をうかがわせる。

 とはいえ「コーダ以後」の章はこの物語のスケールに反して、一転、ふつうの2次創作になってしまう。ファン・フィクションの必要条件なのかも知れないが、このあたりは善し悪しだろう。

佐藤究『爆発物処理班が遭遇したスピン』講談社

装幀:川名潤

 『テスカトリポカ』で第145回直木賞を受賞した著者の最新短編集。評者は佐藤究のよい読者とはいえないが、惹句に「ミステリ×SF×怪物」とあるので読んでみた。

 爆発物処理班の遭遇したスピン(2018)東京オリンピックを1年後に控えた鹿児島で、爆発物を仕掛けたという予告電話が警察にある。それは巧妙に仕掛けられた爆弾だったが、思いも寄らない原理に基づいて作られていた。
 ジェリーウォーカー(2019)2040年代、VRや映画で一世を風靡する著名CGクリエイターには、誰にも知られていない創作上の秘密があった。
 シヴィル・ライツ(2016)新宿にシマを持つ弱小ヤクザは、ささいな失敗で大きなケジメを背負わされる。
 猿人マグラ(2016)福岡の作家といえば夢野久作だ。けれど、地元民ですら誰も知らない。墓場愛好家の主人公は、子どもたちの間に広がる都市伝説猿人マグラと久作との拘わりを聞く。
 スマイルヘッズ(2018)画廊を営む主人公には裏の趣味がある。それはシリアルキラーの描く絵画などの芸術品を、金に飽かせず蒐集するというものだ。
 ボイルド・オクトパス(2018)引退した元殺人課刑事に連続インタビューする企画で、初めてアメリカの刑事に会う機会を得たライターは喜ぶが。
 九三式(2019)戦後すぐのころ、家族もろとも実家を空襲で失った復員兵が、高価な乱歩の古書を手に入れるため、進駐軍からの得体の知れない仕事を引き受ける。
 くぎ(2018)息苦しい家庭から抜け出そうとした男は、塗装業の住み込み社員になる。しかし、仕事先の民家で気になるものを目撃する。

 標題作はリアルな爆発物処理班の仕事の描写の中に、突然SF的なアイテムを紛れ込ませている。テロリストが使うにしては2019年は早すぎると思うが、ともかく意表を突くアイデアとはいえる。その点でいうと「ジェリーウォーカー」はオーソドックスなクリーチャー(怪物)ものである。

「シヴィル・ライツ」「猿人マグラ」は(怪物的)動物が絡むサスペンス、「スマイルヘッヅ」「ボイルド・オクトパス」は超自然的要素のないサイコホラーだ。「九三式」「くぎ」では、不幸な境遇の主人公がしだいにサイコパス的な事件に巻き込まれていく。

 ムック誌 幽 の夢野久作特集に寄せた「猿人マグラ」、小説現代の江戸川乱歩特集「九三式」は、それぞれのお題である夢野久作や江戸川乱歩作品に内在する、狂気やグロな世界を浮き彫りにする。著者の才能、特にホラー展開の巧みさを楽しめる内容だろう。 

オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』河出書房新社

Bloodchild and Other Stories,1996/2005(藤井光訳)

装幀:川名潤

 1947年生まれ(2006年に没)の著者は、SF分野では初の黒人女性作家だった。80年代後半に話題になったものの、(シリーズものが多かったこともあり)今世紀以降は作品紹介が途絶えていた。しかし、ジェンダーや人種の問題に対する先進的な取り組みが評価され、『キンドレッド』(1979)の翻訳がほぼ30年ぶりに復刊するなど再び注目を集めるようになった。

 血を分けた子ども(1984)ぼくは幼いころから保護区に住んでいる。生まれて一緒に育ったトリクとともに。
 夕方と、朝と、夜と(1987)遺伝的な要素のあるその疾患は、いったん発症すると周りの人間を巻き込む激烈な反応が顕われる。
 近親者(1979)シングルマザーの母はわたしを遠ざけたが、亡くなって遺品を引き継ぐときに伯父から意外な事実を知る。
 話す音(1983)何らかの異変が起こり、人々同士のコミュニケーション機能に重大な障害が生じる。
 交差点(1971)刑務所に入っていた元恋人の男が帰ってきて不満を垂れ流す。しかし、女との気持ちは相容れない。
 前向きな強迫観念(1989)6歳から、作家になるという強い意志を曲げなかった著者の半生(エッセイ)
 書くという激情(1993)書くためには文才ではなく書くという激しい思いが必要だ(エッセイ)
 恩赦(2003)形態も知性も異質な異星人は、少数の人間から彼らの通訳を養成する。
 マーサ記(2003)ある日主人公は神に遭遇し、その力を授けようと提案されるのだが。

 バトラーは《Patternist》など、シリーズものを書く長編作家だった。短編の数は少なく本書に収められたもので大半を占める。「血を分けた子ども」は、プロから一般読者までにインパクトを与えた異色作品である。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、SFクロニクル賞(SF専門誌の読者賞)の各中編部門を受賞している。

 表題作に限らず、全編を通して一種異様な社会が描かれている。その異様さは、いまわれわれが暮らす日常との違いにあるだろう。「血を分けた子ども」では異星人との共棲が描かれる。人間と異星人とはまったく生態が異なり、物理的にも政治的にも対等ではないのに共存を強いられる(これはさまざまな社会問題のアナロジーとも解釈できる)。

 異種のものとの不均衡な関係は、後年に書かれた「恩赦」でも出てくる。人間は関係の本質に気がついておらず、何とか自分の論理/倫理で理解しようとして(おそらく)失敗する。異星人は怪物ではないが、文字どおり人とは異なるものだ。だが、それでも正常な関係を築いていかなければならない。全面降伏か殺し合いの(ハリウッド的)2択しかないと考えるのは短絡なのである。

 2編のエッセイと「マーサ記」(の一部)では著者の創作法が語られる。ふつうの環境でも、兼業で小説を書き続けるには根気が欠かせない。著者の場合はそこに社会的な圧力(黒人は、女は作家になれない、SFは小説ではない)が加わるのだから、並大抵ではなかったろう。それらを乗り切るために激情が必要だったのだ。

チャン・ガンミョン『極めて私的な超能力』早川書房

지극히 사적인 초능력,2019(吉良佳奈江訳)

カバーイラスト:植田りょうたろう
カバーデザイン:川名潤

 『韓国が嫌いで』(2015)などの邦訳があるチャン・ガンミョンの、これは初SF短編集である(この書名は初版時のもの、改訂版では『アラスカのアイヒマン』になっている)。著者は1975年生まれ、2011年に単行本デビューし、これまでに多くの文学賞を受賞した注目の作家だ。SFはデビュー前から幅広く読んでいたようで、ベーシックなSFに対するオマージュと、先端サイエンスのトレンドに対する感性とを兼ね備えた親しみやすい内容である。

 定時に服用してください:薬を飲むことで生じる特別な感情、それは個人的な倫理を損ねてしまう問題だった。
 アラスカのアイヒマン:アラスカに設けられたユダヤ人自治区では、アウシュビッツの責任者アイヒマンが裁かれ〈体験機械〉にかけることが決められる。
 極めて私的な超能力:彼女には予知能力があった。未来が見えるというより、何となく分かるのだという。
 あなたは灼熱の星に:宇宙開発がスポンサー付きの民営に代わった時代、金星の探査を舞台にしたリアリティショーで新企画がはじまる。
 センサス・コムニス:政治家が群がるほどの人気がある世論調査会社には、その根拠となるデータの収集方法に秘密があった。
 アスタチン:木星・土星圏を統治する独裁者アスタチンは、死後に自分と同じ遺伝子を持つ人間を複数復活させ、殺し合いに生き残ったものを次期総統とするようルールを定めた。
 女神を愛するということ:恋人がほんものの神だとしたら、別れを切り出して無事に済むのだろうか。
 アルゴル:宇宙開発史上最悪の事故は3か所同時に起こった。原因となったのは3人のアルゴルたちである。
 あなた、その川を渡らないで:森の中に男と女が住んでいた。男は毎夜悲しい夢を見るのだが。
 データの時代の愛(サラン):映画館で出会った女と5歳年下の男はお互い惹かれ合うが、データ上決して関係が長続きしないと告げられる。

 「アラスカのアイヒマン」は実在したアラスカのユダヤ自治区計画と、記憶の移植が刑罰たり得るかを組み合わせた、ある意味とてもイーガン的な物語である。中編級の長さがあるが、観念的なテーマの追求に大半を費やしている。「あなたは灼熱の星に」では脳と体の認知問題、「アスタチン」は対照的にスーパーパワーを備えた超能力者同士のバトルもの。「センサス・コムニス」は著者の新聞記者時代の体験に、東浩紀『一般意志2.0』を批判的に採り入れている。

 このあたりは著者自身による作品解題に詳しい。伴名練じゃなくてハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン』、『テンペスト』、前述のユダヤ人自治区を舞台にした『ユダヤ警官同盟』や、『バトル・ロワイヤル』『不死販売株式会社』から『虎よ、虎よ!』など幅広い海外作品からの影響も理解できるだろう。

 既訳の韓国SFの諸作は、どちらかといえば現代文学に寄っているように思われる。その傾向は日本の若手作家でも同様だ。本書でも(特に短い作品に)その要素はあるのだが、よりSF的なアイデアに物語を寄せている点をかえって新鮮に感じる。「データ時代の愛(サラン)」は冷酷なデータに警告されながらも、愛という激しい感情に翻弄される主人公が人間的で印象深い。

斧田小夜『ギークに銃はいらない』破滅派

装画・装丁:斧田小夜

 第10回創元SF短編賞(2019)にて「飲鴆止渇」で優秀賞を受賞、第3回ゲンロンSF新人賞(2019)でも、「バックファイア」(改題し本書収録)を優秀賞で受賞した著者の初作品集である。紙版としては初だが、他にも本書の版元である破滅派から電子書籍で多くの中短編を出している。

 ギークに銃はいらない(2018):主人公はカリフォルニアに住む冴えない高校生。ハッキングを武器にネットを暴れ回るギークに憧れている。ITについては無知だったが、何とか学校のシステムに侵入することに成功する。しかし、そこで意外なものを見る。
 眠れぬ夜のバックファイア(2019):In:Dreamとは睡眠を快適にするためのデバイスだ。医学的に認められ、実績もある反面、個人ごとの手厚いサポートが必要になる。ある日、サポートに掛かってきた通話は、はじめは穏やかなものだったが、そのユーザーの眠りはノーマルとはいえなかった。
 春を負う/冬を牽く(2016):(2部に分かれた長中編)つかの間の春と、厳しい冬が交代する世界。山深い村と麓の村との間を旅する交易びとの話を聞きながら、一人の少年が成長する。やがて、代替わりの儀式が行われ、若いチェギ・ルト=村長の地位に就くのだ。

 表題作は、ITの専門家である著者が(平易な注釈付きの)用語を交えて語る青春ドラマ。友人やガールフレンドと共に、ナードからギークへと変わっていく(かもしれない)物語だ。最後の2作品は、異星を舞台とした長い中編である(合わせて250枚ほどある)。異世界の過酷な自然、そこに住む住民たちの生活や特別な風習が描かれる。ル=グウィンを思わせるとあるのは、そういう文化人類学的な切り口を指すのだろう。奥地にある禁断の山の秘密は、そのまま世界を成り立たせる秘密へと結びついていく。

 この中では「眠れぬ夜のバックファイア」が印象に残る。ゲンロン新人賞を改題したこの作品は、In:Dreamというテクノロジーガジェットをキーにしながら、眠れない登場人物の過去に絡む心理的な深淵をかいま見せる力作。眠りを妨げる要因が明らかになる過程が面白い。もう少しガジェットとの関わりが描かれていれば(SF的には)ベストだったろう。