1959年生まれのカナダ人元宇宙飛行士(ISSの船長も務めた)による、初のSFスリラー長編小説。20号まで予定されていたアポロ計画は、資金的な問題もあり18号以降は打ち上げられなかった。つまり本書は歴史改変小説なのである。70年代前半に起こった、アメリカによる架空の月面探査計画を巡るソビエト連邦との暗闘を描いている。
1973年、危ぶまれていたアポロ18号の打ち上げは、軍事色を強めることを前提に実施されることになる。ソ連が打ち上げていた巨大な軍事偵察衛星アルマース(サリュート2号に相当)と、さらには月面で活動する無人探査車ルノホート2号が新たな目的だった。ミッション遂行には、事故で宇宙飛行士の道を絶たれた主人公がかかわることになる。
スペースシャトルやソユーズを経験してきた著者だけあって、テクノロジー描写は恐ろしくリアルだ。そこに黒人や女性宇宙飛行士を登場させ、謀殺/脅迫/内通など冷戦期のスパイ活動に現代的なテイストを加えている。実際には黒人、女性の宇宙飛行士がそれぞれ搭乗したのは、スペースシャトル時代の1983年のこと。黒人で女性となると1992年まで下る。
JAXAの活動だけを見ていても分らないのだが、本書を読むと宇宙開発というものの軍事的側面の大きさを再認識できる。NASAはアメリカ空軍から派生した組織で、本書の主人公も(著者も)空軍出身者である。アカデミックな科学技術調査はもともと付随的なものだった。(表立って兵器を搭載できないため)素手で殴り合うに等しくなる宇宙での攻防は、原始的であるが故に妙に生々しく思える。
米ソが対等に競い合った宇宙開発時代は、改変歴史ものの1ジャンルになっている(本書の解説に詳しい)。国家による重厚長大テクノロジー、マッチョでホワイトな男たちの世界、何より明確に分離された2大陣営が平衡対立する時代だった(市場主義国家同士である米中対立とは大きく異なる)。そこに今風の要素を加味し、しかし当時の時代性を損なわない範囲でまとめたところが新しい。
- 『宇宙へ』評者のレビュー