井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』社会評論社

装画・装幀:谷脇栗太

 SF専門のウェブメディアVG+(バゴプラ)が主催する第一回かぐやSFコンテスト(2020)、第二回かぐやSFコンテスト(2021)の受賞者、最終候補者、選外佳作となったメンバーからなる書下ろしアンソロジイである。全部で26作家/作品(掌編から短編まで)を収録する。社会評論社から発売されているが、レーベルはKaguya Booksで、今後もオリジナルの長編や短編集、アンソロジイを刊行していくという。

第一章 時を超えていく
 三方行成*「詐欺と免疫」詐欺で儲けた男の前に、未来からきたと称する時間泡が現われる。一階堂洋「偉業」説明癖のある彼女は、あるとき珊瑚の遺骸で画期的な発見をする。千葉集「擬狐偽故」トランスカルヴァニアのホテルで、わたしは希少なエリマキキツネと遭遇する。佐伯真洋*「かいじゅうたちのゆくところ」二ヶ月前に亡くなった祖母の遺品が、ひょろりとした怪獣によって届けられる。葦沢かもめ*「心、ガラス壜の中の君へ」オレンジ畑で働くロボットは、ある日ニンゲンの幼体と遭遇する。勝山海百合*「その笛みだりに吹くべからず」ロボットが見つけた箱の中から、滅んだ文明の笛が見つかる。

第二章 日常の向こう側
 原里実*「バベル」突然言語が散り散りになる。〈バベル〉が異常になったのだ。吉美駿一郎「盗まれた七五」川柳の趣味を持つ清掃員の主人公は、上の句より先が出ず苦しむ。佐々木倫「きつねのこんびに」コンビニのレジスタに、なぜか枯れ葉が混じるようになる。白川小六*「湿地」沼の周辺には半鳥人の巣があるが密猟が絶えなかった。宗方涼「声に乗せて」声を良くするという装置には謳い文句通りの性能があったが。大竹竜平*「キョムくんと一緒」買ったばかりのマンションの一室には、透明な虚無が存在する。赤坂パトリシア「くいのないくに」白金に輝く杭は子育てをするため動かないという。

第三章 どこまでも加速する
 淡中圏「冬の朝、出かける前に急いでセーターを着る話」セーターを着ようと頭を突っ込むと、中には得体の知れない生き物が住んでいて。もといもと「静かな隣人」ネルグイ星人が地球に来訪してから30年が経った。苦草堅一「握り八光年」ミシュラン2つ星の鮨屋の技は目にも停まらない。水町綜「星を打つ」はるかガニメデから投げられた星を反射塔が打つ。枯木枕*「私はあなたの光の馬」太陽の光を避けるために、息子の服も部屋も遮光されている。十三不塔*「火と火と火」特定計算機マルワーンによりすべての言葉が自動検閲される。

第四章 物語ることをやめない
 正井「朧木果樹園の軌跡」さかなは大きく育つとこの世界から旅立つのだという。武藤八葉「星はまだ旅の途中」主人公はイベントで演者オブジェクトに介入する役割だった。巨大健造「新しいタロット」洞窟の奥でタロットカードで占われる運命とは。坂崎かおる*「リトル・アーカイブス」二足歩行ロボットバイペッドによる戦闘で亡くなった兵士の母はその真相を探ろうとする。稲田一声*「人間が小説を書かなくなって」冒頭一文を書いただけで、AIは小説にしてしまう。泡國桂*「月の塔から飛び降りる」ぼくは月と地球とを結ぶ連絡トンネルを保守している。
*:ハヤカワSFコンテスト、創元SF短編賞、日経星新一賞など、かぐやSFコンテスト以外の小説に関する賞の受賞者・入賞者

 作品、作家数的には日本SF作家クラブ編のアンソロジイに匹敵する(共通する作家もいる)。三方行成や勝山海百合、十三不塔、赤坂パトリシアらはプロ出版の著作があるが、他でも賞の最終候補クラスが並んでいるので、そういった新人作家の受け皿になっているようだ。

 編者が述べているように、掌編小説はオンライン時代に求められている長さである。オンラインマガジンで、ちょうど一画面に収まる長さだからだ。スクロールしなくても読める。そこで起承転結が収まるのかだが、必ずしもそういったレギュレーションも必要条件ではない。

 本書では、全体的にフラットで静的な作品が多い。何か事件が起こり新規アイデアが提示され、しかし派手なアクションなどは伴わず、諦観を絡めたオープンエンドで終わる。破滅(人類の滅亡後とかはある)も虐殺もないというのは、ある意味一つの見識なのだろう。もしかすると、今の読者が求める基本要素なのかも知れない。